1-102)騎士の矜持と憧憬と(フィラン目線+俯瞰視点)
向かい合う二つの檻の中には、しっかりした椅子が一脚ずつと、こことは違う場所を映し出す目玉が一つ。
「今、見ているのは4大国によって管理されている魔界への瘴気の壁の部分だね。 あぁ、各国うまく騎士団を使って戦っているようだ。計画とは違うけれど、うんうん、こんな風に精いっぱい抵抗してくれた方が無抵抗なところに攻め込むよりも楽しいね。」
「……。」
目の前に、魔法陣の上に浮いている目ん玉を通して映し出されているのは、各国の魔界との障壁国境。
各国の騎士団、辺境騎士団、魔術師団の精鋭が、障壁をすり抜けて群れを成して出てくる魔物――なぜみんな昆虫・爬虫類・両生類系なんだろうか。 かさかさうじゃうじゃ、うああわぁぁぁ~、戦ってくださってる騎士様たちには悪いけど、本当にきもいよ!――と戦っているのが見えている。
「しかし……おかしいなぁ。 4つの国の障壁をかなり薄くしているのに、攻撃ポイントに決めたところは何処もちゃんと騎士団の配置がしてあるね。 なんでかなぁ。 どこからか、こちらの情報が漏れていたんだね。 いったい誰の差し金なんだろう。 ねぇ、フィラン。」
「……」
そんなの知るかぼけぇ!
なんて心の中では毒づくけれど、相手ーーアル君に刺激を与えないためにも、うっかり口を滑らして変なこと言わないようにお口にチャックの私。
じゃあゲームしよう! なんて一言で、承諾の返事をするまもなく『ヒトの王役の駒』にされてしまった私は、気持ち悪い目玉が映し出している状況を、檻の中、おとなしく王冠をかぶり、椅子に座り見守るしかないのだ。
「さて、只の兵隊を見るのはこれくらいにして、今度は役割を持った駒の方でも見てみようか? フィランは誰がみたい?」
「……。(ぷいっ!)」
「だんまりかぁ。 僕はおしゃべりしたいのに。 そうだなぁ、じゃあ、まずは……うん、やっぱり派手になりそうな騎士からいこうかな。」
アル君の言葉に反応した目玉が、ぎょろりと瞼のような皮膚の下で一回転して戻ってくると、映し出された映像が、変わった。
ガラン、と、金属を石畳の上に放り投げた音がした。
鞘が転がって、くるくると回りながら滑ってどこかへ消えた。
『コロス、コロス、コロス…。』
瘴気を凝って作ったよう闇色の大きな両手剣に剣から腕を決して離さないようにと瘴気で雁字搦めにされたその状態は、関節も固定されているために行動に制限がでそうだ。
しかし不自然な動きをしながらもその両手剣を振りまわしているのは、彼本人よりも数倍大きな人型の瘴気に細い腕で絡めとられて操り人形状態の見習い騎士である。
瘴気に操られるままに両手剣を素早く繰り出しては、白銀の剣槍に弾かれるのを繰り返している。
剣槍を繰り出しているのは、白銀の鎧を着た虎の獣人騎士だ。
「可哀想になぁ……。」
何の感情もこもらない表情で、操られるままに両手剣を繰り出すマーカスをじりじりと壁際に追い詰めながら観察している虎形の騎士は、茜色の瞳の奥の瞳孔をぎゅんっと細くした。
瘴気に絡めとられた見習い騎士の体勢を崩そうと大きく剣槍を振ると、はじかれた両手剣の束の先にあたり、彼の左胸に輝く後ろ盾のバッジが地面に落ちた。
足元に滑って止まったそれを、ひょいっと摘んで確認する。
「辺境騎士団長の家のブローチにAクラスの冒険者の証と旅団の証、それから青い綺羅星の家紋……なるほど、フィラン嬢のクラスメイト……第4近衛騎士団団長ヴァレリィ家の次男坊のマーカスか。」
ゆっくり観察をしながら剣をはじき、かわし、間合いを詰める。
瘴気から垂れ下がった細い糸のようなものに絡め取られた体は、彼を覆うように立つ後ろの瘴気に連動しているように見える。
なるほど、あれは市井でよく見る子供劇の操り人形と一緒なのかもしれない。
「じゃぁアレを切れば、動きを抑えられるのかな?」
首をかしげ、自分の胴を断とうと一文字に振り切られた両手剣をしゃがんでかわすと、虎頭の白銀の騎士はそのまま地面を強く踏み込み、マーカスの頭上へと飛び跳ねた。
構えた剣槍を、瘴気の左肩にあたる部分に向かって渾身の力で振り下ろす。
「不発か。」
大きな音はしたものの、振り下ろした腕に何の衝撃も受けることがなかったのだ。
空気を切る音を聞きながら、くるんと一回転して彼らの背後に降り立ち様子をうかがった虎頭の騎士は、くるくると地面を回転しながら自分の足元にまで転がってきたものを確認し、バリバリと掻き毟りながら、忌々しく舌打ちしてその獣形態を解いた。
「残酷なことを……。」
金と黒のメッシュの短髪の頭をバリバリと掻きむしり続けながら、やれやれと剣槍を肩に乗せる。
自分が切り裂いた瘴気は、その音に合わせて確かに左肩に裂け目ができた。
しかしそれは、つなぎ合わさるように裂け目を元に戻しながら、ゆるゆるとこっちを向きなおしてくる。
問題は、その糸の先だ。
「……知らなかったこととはいえ、俺の観察不足だ。 鑑定も低級では万能と呼ぶにはあまりにも拙い……悪かったな。 スキル展開・『土魔法――古代の甲羅』。」
足元に転がってきたものに自分の付けていたローブをかけると土魔法をかけて保護する。
「うまくいけばくっつくか……とりあえず、王国に戻ったら軍が所有しているフィラン嬢の特級ポーションを大盤振る舞いしてやるよ、だから……。」
肩に抱えた剣槍を構えると、彼らを見た。
すっかり形を元に戻した瘴気の下には、左腕を失い、目元を隠していた瘴気の腕が落ち、虚ろな目でこちらを見ているマーカスが、顔色一つ変えずに大きな両手剣を片手だけで構えてこちらに向かって地を蹴った。
片手で繰り広げてくる何の手ごたえもなかった軽い剣技は、少しずつ重さと素早さを付けてくる。
瘴気が体の支配を強めているのだろう。
長引かせるのは得策ではないと分かった白銀の騎士はにやりと笑った。
「マーカス。 目隠しが外れてようやくわかったぜ。 アカデミーの騎士科の最初の実技訓練の時以来だな。」
素早さを増しながら両手剣を振りあげて迫ってくるマーカスの太刀筋を、剣槍で交わしながら笑った。
左肩の傷口は、瘴気で覆われていて、今のところ血は出ていない。
彼を侵食するためか、失血死させないためか、その両方か。
「このままじゃ可哀想だから助けてやる。 まぁ少々荒っぽくするが、せいぜい耐えてくれよっ! スキル展開・土魔法『大地の鳴哮』っ!」
どちらにしても、この戦いは長引かせてはいけないと分かった白銀の騎士は、目の前で振り下ろされた両手剣を剣槍で受け止めると、衝撃波を与える魔法を付与した左足で力いっぱいマーカスの腹を蹴った。
影と一緒に壁まで蹴り飛ばされたマーカスの背後の瘴気は、狙い通り一度マーカスの元から辺りに散った。
しかし、じわじわと砂糖に群がる蟻のように集まっていく。
瘴気が形をとるほど集まる前に、マーカスの懐まで素早く入り込んだ白銀の騎士は、正気ではない彼の胸倉をねじりあげた。
「マーカス・ヴァレリィ! お前の親父は本当に強い男だ!」
白銀の騎士は、何の呪いか人よりも長く生き、数々の部下たちを迎え入ては送り出してきた。
英雄と呼ばれ、守護神と呼ばれ、帝国軍の頂点たる将軍職にいる彼が認めるほどに、マーカスの父親は心の強い人だ。
だからこそ、彼の忠心を、献身を報いるために、彼にこの『息子』を返さなければいけない。
「お前の父親の体をみたことがあるか!? お前の父の右肩から左腹にかけて大きな傷があるはずだ。 皇妃陛下を守った大きな傷! あれは暗殺者に皇妃陛下が襲われた時にその身を呈して陛下の盾となり、致命傷にもなり得たあの傷を負ってなお、彼は剣をふるって皇妃陛下を守り通したのだ! お前の父は騎士の鏡! お前はその血を引いているのだろう? 誇り高きあの父親の息子だろう! ならば抗え! 抗って、這いずって……」
瘴気の形が完全に戻り、マーカスを絡め取る。
胸ぐらを掴んだままの、顔が目と鼻の先にある状態での、短い間合いでマーカスの手によって振り下ろされた両手剣。
それを避けるように後ろに退いた彼の鎧の胸元に、剣の先だけがわずかに当たった。
鎧と剣のこすれあうわずかな金属音。
「ヒトとして戻って来い! お前は誇り高きルフォート・フォーマの騎士だろう!」
両手剣を振り上げた右手が、わずかに動きを止めた。
カタカタと震える両手剣を支える右手の奥にある、虚ろであったはずの彼の瞳に水の膜が揺れた。
「フェリオ将軍……」
「あぁ、帰って来い、マーカス・ヴァレリー。」
にやり、と笑った白銀の将軍の顔を映したマーカスの頬に、涙がつたって落ちた。
彼を絡み取る瘴気は彼の右腕を飲み込み、両手剣を振り下ろすように操ろうと動いた。
ぱきん、と、アルフレッドの被っている王冠の八つの柱の一つが折れた。
マーカスの両手剣は、自分に覆い被さる瘴気の真ん中を横一閃に切り裂いた。
自らが操っていた人形に一刀両断された瘴気ははじけ飛んでいく。
剣をふるったマーカス自身は、瘴気からの支配を解かれ、腕を失った左肩と切り裂かれた腹の傷から大量の血飛沫を噴き上げながら、力なく後ろに向かって倒れていった。
「っと! スキル展開『土魔法――金の針子』っ!」
それを左腕で抱き留め、血が噴き出した左肩と腹に魔法をかけ始めた白銀の将軍の顔を、マーカスは瞳に映した。
「フェ……リオ将軍……。 俺、が……弱いばかり、に……。」
「しゃべるな。 今は寝るがいい。」
言葉と共に吐き出される血に、己の魔力の少なさを歯ぎしりしながら答える。
その言葉を耳にしたかどうかはわからないが、彼は頬を血と、新しい涙に濡らしながら意識を手放した。
つたない治癒魔法と、緊急用に持ってきていたフィラン印のポーションで、なんとかあらかたの傷口だけはふさぐことができ、安堵した建国以来の常勝将軍・白銀の騎士――ロギンティイ・フェリオは、気を失ったマーカスとその腕を抱き上げた。
そのとき、ガラリと音がした。
「なんだ?」
マーカスを抱き上げたまま音のした方を見れば、残った右手に握り締めた刀身を蒼銀に戻した両手剣だと気が付いた。
にやり、と、笑う。
「マーカス、お前は誠、王宮の騎士だと認める。 心から誇るがいい。」
彼らの足元に浮かび上がった白い魔法陣が彼らを飲み込み転送した直後、その空間は、落としたままの後ろ盾ブローチを飲み込んで崩れ落ちていった。
ぎりぎりと音が鳴る程に、棍の持ち手を握る拳に力を込めた。
漆黒の髪をしっかりと高く結い上げ、肌の露出の少ない、しかしその体の線をしっかりと出すような動きやすい東方の武闘服に身を包んだ美しい女はその空間に立ち、哀れな操り人形に目をやった。
「そう、わたくしには貴女があてがわれたのね。」
一つの溜息をついて、目の前に瘴気にからめとられた少女を静かに見据えたままカーテシーをする。
「ごきげんよう。 茶会であった時以来ね、ビオラネッタ嬢。」