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1-101)魔人の王はヒトを駒戦に誘い込む

 ケホケホと咳をする中で、ぼんやりしていた視界がしっかりと輪郭を取り始め……


 なんて、のんきな正気の戻り方をできるわけがないのが『私』、なのですよ。







「あぁ! ようやく来れたっ! フィランちゃんっ! 呼ぶのが遅すぎるわっ!」


 アル君から逃げるときにベッドから落ちて強打した尾てい骨の痛みと、話が通じないままに首に手を掛けられたことによる『他者から押し付けられる死』への恐怖にパニックで過換気になっていたのだろう、しびれているのに妙に鮮明な頭の中や、力の入らない手と足すらも怖かった。


 だから、それから助け出してくれた、よく知っている甘い香りのするしっかり筋肉のついた力強い腕の中で安心していたのだが……力加減……力加減って知ってます??


 私の事を全力でぎゅうぎゅう抱きしめているのだろう。今までの恐怖も締め付ける全身の痛みで何だか分からなくなったぞ!


 でも! このままじゃ! 私は!


 前世で動物大好きおじいちゃん博士がアナコンダに締め付けられているあの状況になってしまいます!


 あのおじいちゃん博士、「いや~、可愛いですねぇ!」って笑顔だったけど、無理無理! 苦しいぃ!


 いまだ痺れる手でぺちぺちと自分を抱きしめるいい香りの人物の背中を叩きながら、その名前を呼んだ。


「ひゅーに……」


「もうっ! もうっ! 一人で頑張ることも、我慢なんかも、しなくてもいいのっ! それから! まず、私の名前を呼んでほしかったわ! 何のために合法的に兄になったと思っているの!? 今度からは必ず私が先よ! いいわね!」


 お願い、聞いて……。


 せっかく整い始めた呼吸ですが、抱きしめる力で締め上げられた肺は大きく開かず、息が……しにく……苦し……。


 あぁ、もう一回走馬灯……いや、まだだめだからっ! 唸れ、私の腹筋と声帯と気合と根性!


「おに……さま……ギブ……ギブ……。」


「あら、ごめんなさい!」


 必死にペしぺしとヒュパムさんの背中を叩き続けていると、あらあらまぁまぁと、慌てて私を解放してくれて、ようやくその姿がぼんやりと見えた。


 私を見つめる()()()()()のタンザナイトの瞳に、燃える真紅の百合の花の頭が本日もお美しい。


「……ここが天国か……。」


 その恰好は何ですか?!


 細マッチョなナイスバディがよ~くわかりますっ! 大変けしからん! っていうくらい理想的な前世ギリシャの彫刻の様に鍛えられた美しい体にフィットした黒い衣服に黒の鎧、腰に巻いているのは真紅の布? それから……あれ、モーニングスターであってる? と思うほど極悪な鉄球付きの棍をお持ちの『ヒュパム・私の戸籍上のお義兄様・コルトサニア伯爵』です、その戦士としてのお衣装、ハチャメチャに超最高です。


 ――合掌。


「しっかりなさい! まだ生きているわよ! 冗談でもそういうことを言わないの! 私が誰か、それと、あそこで暴れているのが誰か、わかるわね?」


「……ヒュー兄様……と?」


「あそこで暴れている人よ。」


 ヒュパムさんがくいくいっと、親指で指し示した背後には、目に見えるほどの真っ黒オーラで真紅の髪が怒髪天を突いている、腰に双剣を付けた戦闘衣装の……閻魔大王……阿修羅様? ん!? 鬼神!?


 目を凝らしてよく見てみる。


 いいえ、それでもありません。


「激おこセディ兄さま……です。」


「大丈夫ね、良かったわ!」


 いや、大丈夫じゃないです、あそこの兄さまの様子がおかしい!


 そもそもあれは怒りに我を忘れているであろう真紅の闘気を纏った(幻覚)兄さまで、そのの周りにはいつもよりも纏う魔力? 空気? がとんでもなく強いように見える私と契約している可愛い5精霊……なんだけど、いいぞ! もっとやれ、ガンガンやっちゃえ! もう一発入れてしまえっ! と兄さまにヤジを飛ばしている。


 ように見えるのは……私の気のせいだろうか。


 ちなみにそんな兄さまの足元には、ぐったりとしたアル君が床に倒れこんでいる。


「兄さま、それ以上は死んじゃ……。」


「駄目よ、行かせられないわ。」


『フィランは近づいてはだめ!』


 兄さまとアル君の傍に行こうと足に力を入れたところで、ヒュパムさんの腕と、ふわっと目の間にあらわれた黄金の日の精霊・アルムヘイムが私の動きを止めた。


『フィラン、今、あれらに近づいては絶対にだめよ。』


「アルムヘイム。 なぜ?」


『こんな目にあっても、なぜ? と聞ける優しさは美徳かもしれないけれど、ただの偽善だわ。』


 しゅるり、宙で一つ身を翻したアルムヘイムの顔や姿が、いつもよりも大人びた、美しい女性の姿になる。


『あれは異端。 あれは私達の愛し子であった()()()から力づくですべてを奪い、絶望に落とした罪人の駒。 精霊が断罪し神の木から切り捨てた者が作ったお人形。 精霊を虐げる者。 だから、精霊(わたしたち)の愛し子のフィランではなく、根無しの彼が行くのが正しい。』


 ??? と、わけがわからず困っている私だが、これ以上説明するつもりはないのだろう、アルムヘイムは静かに視線を合わせるだけで何も言わない。


「アルムヘイム……?」


「この方が、フィランちゃんと契約しているという、日の精霊様ね。」


 困っている私に問うように聞いてきたのはヒュパムさんで、その声を聴いたアルムヘイム成長版(?)は、今まで見たこともない様な表情の抜け落ちた表情でヒュパムさんをみると、静かに目を細めた。


『……お前も、根無しの花樹人ね。』


「アルムヘイム。 その、根無しって?」


「花樹人としては致命的な欠陥を持つ者の事よ。」


 聞き返した私に、『根無し』と呼ばれたヒュパムさんが答えてくれた。


「神の木と精霊に一番近いと言われる姿の花樹人の中で、精霊と()()()()()()()()()()花樹人のことよ。」


 すこしだけ辛そうに目元を歪めたヒュパムさんが私に教えてくれるけれど、そんなことは気にした風もないアルムヘイムは美しい目元を少しだけ緩めた。


『根無しの子。 私はお前の妹を知っているわ。 花睡病に負けなかった、強く高貴な魂の娘だった……お前はあの子の縁者ね。』


 とたんに、ヒュパムさんの顔色が変わった。


「リリィを知っているの!? なぜ!?」


 ぶわっと、アルムヘイムの髪が、姿が膨れ上がった。


『契約していた精霊を逃がしてでも、寄生に負けなかった強い娘の兄。 あの、愚かな兄とは違う誇り高き花樹人の縁者。 ならば瞬きの間、力を貸してやってもいいわ。 ――グノーム、エーンート。』


 ふぃっと手を上げたアルムヘイムの傍に名を呼ばれた2精霊が兄さまの元を離れてやってきたんだけど……あれ? こちらも少し成長してない?


『仕方がないなぁ。ねぇ、エーンート。』


『アルムヘイムの命令じゃ、しょうがないや。』


 くるくるっと私とヒュパムさんの周りをまわって、ため息をついた二人を観察していたが、やっぱり今までと姿が変わっている。


「みんな、その姿……は?」


『その話は後でよ、フィラン。 根無しの子、私達の可愛いフィランに縁付いたお前にこの2精霊を貸してあげる。 存分に暴れるがいいわ。 ――あれを……』


 アルムヘイムが顔を動かした先を私たちも見れば、兄さまの足元から、ゆらりと陽炎が昇るように立ち上がったアル君が……あれだけ兄様に攻撃されていたのに、彼は傷ひとつなく、ただ静かに笑っている。


 先ほどの恐怖が足元から震えとして戻ってきて、ぎゅっとヒュパムさんの腕をつかむと、私をぎゅっと抱きしめ返してくれたヒュパムさんにアルムヘイムは言った。


『あの罪深き魔人の駒を消すまでは、貸してあげる。』


「感謝するわ。」


 にこっと笑ったヒュパムさん。


 だけど私はそれどころじゃない。


 冷たい視線を感じて恐る恐るそちらを見れば、青い瞳が私を見ていた。


 そして、目が合った。


「……フィラン……。」


 あまりの声の冷たさに、私はひゅっと、息を飲んだ。


 名を呼ばれ、氷水を頭から掛けられたような冷気。


「大丈夫、大丈夫だから。」


 そう言って私の背中を何回かなでてくれた後、抱きしめていた片手だけを私から離したヒュパムさんは、目の前で漂う2精霊に手を伸ばした。


「少しの間だけれども、よろしくね。」


 その言葉に、2精霊が顔を合わせてにやりと笑った。


『足、引っ張るなよ、根無し。』


『あの根無しよりはお前の方が好きよ、だから力を貸してあげるわ。』


 そっとヒュパムさんの手に触れた2精霊の姿が、大きく膨れ上がると、アルムヘイムと同じくらいの、大人の姿をかたどった。


「さぁ、フィランちゃんをいじめた悪いやつの根性を叩きなおしてやりましょう!」


『『もちろん!』』


「あははハハハハハ、嫌だなぁ、そんな言い方。」


 ヒュパムさんと2精霊がそう言ったところで、兄様の攻撃を受けながらも傷つかないでいるアル君が突然体をくの字に折り曲げて、腹と顔を手で覆って笑い始めた。


「僕は、フィランには、傷をつけたりしない、の、に。」


 アル君のひきつった左の手の指の隙間から、歪に笑う口元が見えた。


 何か、来る!


「……駄目っ!」


 とっさに声を出したけれど、その時にはアル君と距離を詰めながら次の一手に出ようとしていた兄さまや3精霊の前から彼は消えていた。


「っ!?」


 そこにいた全員が目を見張る。


 いない。


 いない。


 いったいどこに消えたのか。


「こっちだよ、フィラン。」


 声のした方を振り返ると、私の檻だった場所の目の前の……。


「だめぇ!」


 ビオラネッタ様とマーカス様の捕らえられた二つの檻の前。 二つの檻を支えるランタンを一つずつ、両手につまんで立っていた。


「アル君、もう一度ちゃんと話を……。」


「フィランはあのとき、僕ではなく彼らの名前を叫んで呼び込んだ。 僕を拒絶した。 だから話し合いは決裂。」


 違う、そうじゃない。


 ちゃんとした場所で、ちゃんと話をしたい。


 怖い思いをしたのに、痛い思いもしたのに、みんなに止められて、怒られているのに、それでも私はそれを伝えたいと、なぜか思う。


 だから、お願いする。


「話し合いはまだしてないよ、もう一度だけ、今度はちゃんと話を……っ!」


「無駄だよ。 仮に君がそうでも、君の周りのヒトや精霊は、話し合いなんかするつもりはなさそうだしね。 残念だよ、フィラン……君と一緒にいたかった、それを君自身に選んでほしかっただけなのに。」


 ――実力行使、しなきゃいけないじゃないか。


 アル君にちゃんと話をしてほしくて伸ばした手を、その冷たい言葉に引き戻してしまった。


「ほら、ね。 君は僕を拒絶する。」


「――あっ! ちが……」


 もう一度手を伸ばそうとするが、私を支えてくれていたヒュパムさんと、傍に来た兄さま、それから6精霊に遮られて私はもう、前に行くことも手を伸ばすこともできない。


 それを面白そうに眺めていたアル君は……手から、二つのランタンを落とした。


「ねぇ、フィラン。 アカデミーの基礎授業で、瘴気を吸ったヒトは魔人になるとあったのは覚えているかい?」


 そんな授業が確かにあった。


 瘴気を吸いすぎたヒトは、精霊の木とつながることができなくなり魔人になる……だった気がする。


 瘴気を帯びた動物は魔物の仲間になり、ヒトは魔人になる。


 だけど、何故今、それを言うのか。


「……いままで森や瘴気沼に息をひそめていた数多くの魔物の兵としよう。 それから僕を魔人王としてたてて、残る必要な駒は王妃、要塞、道化、それから騎士……だったかな。」


 割れたランタンから飛び出した巨大な蛍は、破裂して黒い体液をまき散らした。


 そこから、闇が立ち上る。


 嫌そうに顔をしかめたアルムヘイムが、あれが瘴気だ、と教えてくれる。


 ニコニコと笑う彼の後ろで、瘴気は陽炎のように揺らいで、二つの大きな影の人型となって檻の中のベッド脇に立った。


 ゆらりゆらりと揺れる腕の部分の瘴気から垂れた糸が、ベッドに流れて降りていく。


 蜘蛛が、巣で獲物を絡めとっている姿に見えた。


 瘴気の糸で四肢を、体を絡めとられたマーカス様とビオラネッタ様がゆらゆらと不自然な動きをしながら立ち上がった。


「ビオラネッタ様! マーカス様!」


 気が付いているのか、正気を保てているのか。


 それは、彼らの目元を何本もの細い闇色の手が巻き付くように覆い隠しているために全く分からない。


 ただ彼らの意志でそこに立っているわけではない事だけは、ヒトとしてはあまりにも不自然な体の動きからわかる。


 瘴気で息苦しい。


 きっと、アルムヘイム達精霊がいなければ私たちは正気を保てていなかったのかもしれない。


 そんな瘴気の渦の中央に立つアル君は、私()()に向かってにっこりと笑った。


「今から戦争ゲームをしよう。 お互いの駒を並べて戦わせて、王の冠をとられなかった方が勝ちだ。 僕の頭と。」


 ぽっと、アル君の頭に闇の溶け流れ続けるような崩れかけた王冠が乗った。


「フィランの頭にある王冠。頂点の宝石を支える8本の脚が多く残った方が勝ちっていうことでどう? あぁ、選択権はないんだけどね。」


「……っ!」


 私の頭の上に重みを感じた。


 みんなも、私の頭の上を見ている。


 手を伸ばせば何かが乗っているのがわかったが、それは頭から離れない。


 たぶん、アル君と同じような王冠が乗せられているのだろう。


「この状況でゲームだなんて! 勝手に決めないで!」


「僕の駒は……そうだな。 マーカスはそのまま騎士になってもらって……聖女様? のビオラネッタは道化役がいいね。 あぁ、でもこのままじゃこちらは足りないから、たくわえの中にある少し面白い駒を用意してあげよう。 そちらの数と駒に合わせてあげるよ。駒のみんなも楽しんでくれるといいなぁ。」


 私の声にも反応せず、にこにこと口元だけ綻ばせながら、あぁでもない、こうでもないと言っている。


「アル君、きちんと話を……っ」


「必要ないよ。」


 何を言っているのかわからないけど、ものすごく悪い状況だし、どうアル君に声を掛けよう、と思案しているが何も浮かばない。


 状況が悪い。


 どうしたらいい?


 考えがまとまらないまま名前を呼ぶが、もう、聞いても貰えない。


「こんな状況になっても、僕の事を考えて対話をしようとするフィランは優しいね。 師匠に聞いていた()()()に本当にそっくりだ。 大丈夫、悩んでいても()()()()何にも変わらない。 さて潜り込んできた君たちにも、それなりのお相手を用意しているから、そろそろ始めようか。 で、ゲームの間、僕とフィランは誰にも手が出せないように、お互いを檻で監視し合おう。」


 口元だけ、やけにひきつった笑みを浮かべて彼は瘴気の中に手を伸ばした。


「今度こそは、僕たちが神の木の玉座を手に入れる。」


 彼の手の中に現れた大きな宝杖が、大きな音を立てて床に突き付けられ、石の床が大きく鳴動した。






「ゲーム開始だ。」

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