閑話20)とある『神様』の独白。
今日もここは、静かに時が流れている。
私は今、黒く淀んだ世界の中央の、根元にいる。
黒く淀み濁ったこの水の宮殿は、かつては清浄な空気と美しい水と木でできた、神となるために生まれた私のためのゆりかごだった。
そのゆりかごのごとき宮殿は、私が生まれ落ちる瞬間にできたものであり、特別な場所であった。
産声をあげ、瞼を押し上げた瞬間が、私とこの世界の始まり。
私は自分が創造神と呼ばれる存在で、まだ宮殿以外は何もない世界を、育て、慈しむ義務があるのだと理解した。
どんなふうに作ろうか。
どう彩ろうか。
いろいろ悩み、兄弟神に相談し、彼らの持つ世界や創造物を見せてもらって考えあぐねた結果、まだ何も決まっていない中で厳守することと決めた事はただ一つ。
ヒトは作らない。
そう決めてからは、わたしは心の安らぐままに、ゆっくりと納得のいく世界を作り上げようとした。
兄弟神の教えに従い、まずは闇を照らす太陽を作った。
すると兄たちに聞いていた通り、自分の姿に似たモノの核が生まれた。
いろいろと反応するのが面白かったので、自分と反対の体を与えてみた。
日の精霊女神の誕生だった。
つぎに、対となる夜闇を照らす月を作った。
日の精霊女神は不思議がっていたが、面白かったので今度は私と同じ体を与えてみた。
月の精霊男神の誕生となった。
そこからは、二人は力を合わせて、私の仕事を手伝ってくれた。
そうすると面白いことに、世界造りはするすると進んだ。
火が生まれ、水が生まれ、木が生まれ、風が生まれ、それらがうまく回り始めると、肥沃な土をはぐくむようになった。
そうして生まれた大陸や海は本当に美しい世界だった。
静かで、穏やかで、曇りひとつない、清廉潔白な世界。
この世界を、精霊たちと愛していこうとした。
しかし、ここで一つのイレギュラーがおこる。
私の宮殿に一人、ヒトが迷い込んだ。
作らないと決めたヒトが紛れ込んだため排除するべく調べてみれば、数多くいる兄弟神の星から落ちてきた女の子という人だった。
私は大いに悩んだ。
ヒトは作らないと決めていたからだ。
しかし彼女が、兄弟の誰かの作った物であったため、勝手に消すことも、かといって誰の世界のモノかもわからず戻すこともできない。
困った私は彼女の本質をつかみ、判断するために彼女と出会い、話をしてみた。
様々な事を知っているくせに、世界造りの何たるかをまったく何も知らない彼女に興味を持ったのは、たぶん今考えれば当たり前の事だった。
くるくると表情を変え、笑い、泣き、はしゃぐ面白い娘であったため、消すことも戻すこともやめ、精霊たちに引き合わせ、世界を作る仕事をさせてみた。
彼女は、嬉しいといった。
私がいるから寂しくもない、毎日がとても楽しいと笑った少女は、私にいろいろと作りたい物を教えてくれた。
私は私の世界に無理が生じない範囲で、それを許した。
彼女の作るものは美しく、清らかで、星はまずます豊かになった。
その結果に満足していた私は私の力の一端を与えるまでになっていた。
その日々は、それほどまでに幸せで、有意義な物であったのだ。
彼女が、自分と似て非なるヒトを作り出すでは。
それを作った時、もっと強く反対すればよかった。
だが、出来上がった彼らのために生き生きと仕事をする彼女や精霊たちがとても好ましく、私はすべてを許してしまった。
まずは自分によく似た精霊と話せるヒトである人族を作り、その後は次々と、花樹と共存する花樹人、獣と共存する獣人、鳥と共存する鳥人と、様々な形のヒトを造りだした。
皆が好ましく生きているのを見て、私は油断していたのだ。
目を光らせておかねばならなかったのに、彼女が幸せそうに笑っていたから見過ごしていた。
澄んだ水に堕ちた一滴の汚水のごとく。
彼女が最後に作り出してしまったのは……今まで作り出したヒトが汚水をすすってその身を変えた魔人だった。
最後に作り、彼女がとても可愛がっていた鳥人は、自分が彼女の唯一であろうと己を高めるのではなく、周りに嫉妬し、陥れる心を生み出した。
その結果、強欲と執着に狂い腐った心の瘴気に自らが飲み込まれ魔人となったのだ。
彼女が他のヒトのために働くのが……いや、彼女が自分たち以外のモノのところに行くのが許せなかった彼らは
彼女の全てを手中に収め、奪い、取り込もうとした。
私が駆け付けるのがあと少し遅ければ、そうなっていた。
彼女を助け出したが、体に、心に負った傷は深く彼女は眠りについてしまった。
私は心の底から悔い、嘆いた。
涙は宮殿の水を氾濫させ、彼女が精霊たちと彩ってきた大陸の一部を飲み込み、なぎ倒し、魔人を神の木の周囲の木と水の檻に閉じ込め……彼女の愛したヒトが立ち入れない障壁を作って封じた。
私は、私の神殿の最奥に彼女を安置した。
時を止め、命をとどめ。
彼女が安心して目覚められる世界が来るまで、そこの時間を止めたのだ。
彼女のために、そして自分だけはまんまと神の木の封印から逃げおおせ、鬱憤と憎悪を貯め、刃をぎらつかせる魔人を黙らせるために。
世界を彼女が愛した姿に戻すため、私は時折彼女と同じ人をこの世界に連れてくる。
もちろん、兄弟神に許しを得て、彼女と同じく『決められた日時以外に、そこから離れた人』だけを連れてくる。
そうして彼女にしたように力を与え、そっと、私の世界へ落とす。
来るべき日のために。
来るべき時のために。
配置すべき全ての駒がようやくそろい、駒の中でも一等、特別な力を与えたものがその日のために備えをしているのを見守り続けていたあの日。
もう一人、予定外に、落ちてきたのには面食らった。
「あれ、立って寝てた? それとも夢遊病?」
『彼女』を思わせたその人が彼女の目覚めの鍵になるかもしれないと思った私は、一等の駒にその子を託した。
この時私は、この人は唯一の一枝になるという確固たる確信はなかった。
しかし『彼女に似ている魂の欠片』を感じ、それに賭けたのだ。
「頼むぞ、フィラン。」
眠り続ける彼女の傍に枝を伸ばす白い実をたたえるはずの樹木の一枝を、再会の時、力の一端として与えたことをあの子はまだ気が付いていない。
ここに導くための、大切な一枝。
「ここで、待っておるからな。」
神様と呼ばれた彼は、暗い宮殿の中の彼女の傍で目を伏せた。