1-098)神様、これ以上の約束破りマジ許さない!
「ぬ……もうちょっと……あとすこし……リーチが、リーチが足りぬ……。」
その幅、たぶん20㎝間隔に並べられた淡い緑色の光をほんのり放つ檻の隙間から手を伸ばし、私を囲う檻の向こうにある小さな石を手に取ろうと頑張っているんですが、自分史上最高に可愛い自慢の顔が押しつぶされて不細工になるだけで、小石まではあと数センチ足り……ないっ!
転生前ならもうちょっとだけでも今よりも腕が長かっただろうから(身長がね、10㎝位縮まってるからね? 見栄張ってるわけじゃないからね!?)たぶん届いたんだろう……くぅ~無念なり。
手を伸ばすのをやめて檻から手をはなし、床に座り込んで息を吐く。
「だめかぁ! じゃあ次の方法!」
変な体制から変な方向・無理な距離に力いっぱい手足を伸ばしていたからか、ギシギシいってる体と、押さえつけられて痛む関節と圧迫しまくったお肌を摩り、悲鳴を上げる肩をくるくるっと回しながら、次のチャレンジのために一度観察し終わったこの空間を再度確認する。
檻の中。
とはいっても、狭いながらもまぁまぁに居心地は良い環境? なのです。
キングサイズのベッド位の広さの檻の中ですが、その半分はなんと! ふっかふかのベッドで埋まっていて、あとは水差しのおいてあるテーブルと、檻の隅っこに置かれた唯一の光源である大きめランタン……なんだけど、その中には結構な明るさで光っているホタルみたいな虫が羽音を立ててホバリングの要領で飛んでいまして……いや、なんていうのかなぁ……ちょっと覗いてみたら大きさが、私の足の裏と同じサイズだよね。
小さいホタルならまぁ、ロマンティック、すてき! 蛍の光~ウィンドウのスノゥ~♪ って思えるかもしれないけど、私の足のサイズと一緒って、デカすぎるだろ! キモイだけだわっ!
テーブルの上に置かれていたそれを、あまりのデカ気持ち悪さに思わず檻の端っこまでランタンの持ち手をちょこっとだけつまんで置きに行っちゃったよ。
薄暗い中では明るいのはありがたいんだけど、そもそもデカすぎるんだよ! 虫が!
本当にいや、絶対いや、もうおうちに帰りたいっ!
「なんでこんなことになっちゃってるんだろう……。」
観察したけどちょっとも変わらないや、ちょっと休憩しよう。
はぁ~っとため息をついて、私はとりあえず立ち上がるとブーツを脱いでベッドの上にぺったんこ、と座って天井を仰ぎながら気持ちを落ち着けるように肩を落として深く深くため息をつく。
こんにちは、絶望の美少女、ソロビー・フィラン・コルトサニアです。
いつから『コルトサニア伯爵令嬢』なんて言われるようになったか、なんていうのは過去をさかのぼらなくても覚えてます。兄様と兄さまに丸め込まれたのが本当に! つい最近ですからねっ!
そして今は、王立アカデミーの一年生、入学してまだ二か月、現在特別演習2日目、ポイント獲得数ダントツ一位のSクラス一班、私を含むメンバー4名は……ちょっとどころか、かなり微妙な状況です、誰か助けてぇ~。
あの後、アル君が椅子に座って笑っているところに、とりあえず近づいて力いっぱい状況説明をしてもらおうとしたわたしは、椅子のある場所へ行くべく階段の一つ目に足をかけたところで、何故かこの檻の部屋に転送されていた。
意味わかんなくない?
階段に足かけたら全然違う部屋の、しかも檻の中よ?
わけわかめ!
そこから、あれやこれやをしながらすでに一時間経過してしまったところなんだけど……え? 私の癖に随分落ち着いてるな? いや、ほんとだよね……。
人間、あんまりにも驚くと状況を素直に飲み込んでしまう機能でも付いているのか、ベッドの上に転送、という状況、最初の5分くらいは動揺して『出せ出せっ!』と大声を出して騒いでみましたが、正直つかれたのと、自分以外は誰もいない様子だったので潔く騒ぐのをやめて周囲の観察をすることにしたわけですよ。
それで分かったのは、ここはもの凄くだだっぴろい空間に、ぽつぽつと独立した形の同じ造りの光る格子で囲まれた檻が何個かあり、その中の一つに自分がいる事と、この格子の中では魔法の使用が無効化されていること。
そしてもう一つ。
こちらの方がとても大変で、私が変顔で小石を集める原因となっているんだけど……私の目の前、とはいっても檻一個分の間隔があいているので手が届く範囲ではないのだけど、その檻のベッドに横たわっているのが遺跡に取り込まれる前に別れたはずのマーカス様で、マーカス様の、わたしから見て右隣りの檻のベッドで眠っているのが同じく離れ離れになっていたビオラネッタ様だったということ。
眠れる森の美男美女~!
なんて狂喜乱舞する暇はなかったですよ、流石に。
あの時別れた後で一体何があったのか。
二人はここに、いつ、どうやってやって来たのか。
そして。
こんなことは考えたくないけれど、目の前の彼らは本当に寝ているだけなのか……。
そもそも彼らは本当に居るのか、本物なのか……。
それを確認するために、どちらか一人でも起きてくれればと、生前からデカすぎると言われる自慢の美声で、腹からしっかりと声を出して呼びかけてはいるんだけど、眠った?まま起きる気配はまったくなく、魔法や精霊を呼び出す方法を実行するが先ほども言ったとおり、無効化されていて両方とも使えず。
それならば! と、投げつけるものを自分の身に着けているもので探したけれど、投げつけていいようなものを持っていなかった(装飾品あるじゃん、と思うでしょ? 見栄とかお家柄を大事にするお貴族様の後ろ盾の証とか、聖女様の守り石とか投げてなくしたり壊したりして不敬罪! は怖いじゃない? 見つからなきゃいいじゃん、って思ったけど、そういう物ってなぜか後で絶対ばれるよね……)ので、仕方がなく檻の外に転がっている小石を投げつけるため使おうと檻の隙間から必死に手を伸ばして苦戦したのが約10分くらい。
この作戦はたった今、あきらめました。
だって、顔も首も肩も痛いんだもん……もっといい方法はないかな。
はぁ、とため息をついて痛む足をもみながら次の手を考える。
兄さまやアケロス師匠、大穴でヒュー兄様でもいいし、大本命としてはラージュ殿下とどうにか連絡が取りたいけど、魔法も使えず精霊も出せないこの状況、本当にどうにかならないもんかな……。
「どうにか……う~ん……。」
肩から掛けていた鞄は取り上げられていなかったので、ベッドの上に全部出してみる。
ポーションはないし、傷薬と干し肉、パン、ジュースに……取ったばかりで乾燥すらさせていない薬草に素材。
「う~ん、役に立ちそうなもの、良いものないなぁ……。」
肩を落としてまた、はぁ、とため息をつく。
「なんでこんなことになっちゃったかなあ。そもそもこんなスリルとサスペンスに泥沼愛憎劇や痛快活劇とか望んでないし! わたしが望んだのは! スローライフだっていうの! コタロウと、可愛い私の『猫の手』の経営ができていれば幸せだったんですよー! なのになんで急にアカデミー入学だったり、その流れでお貴族様になったりしてるのよっ! そんなのになりたかったわけじゃなかったし! 神様の馬鹿―!」
枕をぼすんぼすんと殴りながら、大きな声で叫んだ。
で、気が付いた。
「……神様?」
そうだった、神様いるじゃない!
ここに落っこちてくるときに会ったきりだし、あの時は心底びっくりしたけど、無体なことはしない、冒険しない! スローライフ上等だってお願いした!
「神様―!」
上を向いて、お腹の底から大きな声で叫んでみた。
「神様、助けて―! 私、こんなの望んでいませんよー! 私が望んだのは! 幸せなスローライフ! 推しを愛でて生きるスローライフですよ! けして冒険譚や、恋愛小説や、アオハルや、総愛され転生小説みたいな展開とか、そんなもの望んでいませんよー! 私がお願いしたのはイセカイテンセイスローライフですよ! だからたすけてーっ!」
そこまで叫んで耳を澄ますと、私の声のやまびこが聞こえました。
あ~、洞窟とか、ダンジョン階層でもやまびこって聞こえるんですね、学びました、日々学びですね……。
今じゃないけどなっ!
「惨敗っ!」
ばふん! と、枕を両手で力いっぱいベッドにたたきつけて、そこに上体を勢いよく沈めた。
少し、横を向いて勢い任せに叫んだ分の荒れた呼吸を整えながら、酸欠状態も相まって少しぼんやりとしてしまう。
どうやったら、ここから出れて、今何が起こってるのかわかるのかな。
アル君は、いったい何をしたんだろう。何をしようとしているんだろう。
背中痛かったから、後で本気でやり返すっ!
ぐっと手を握って枕に顔をうずめる。
考えろ、考えろ私、アラフォーの知識をフルに生かすん……だ……いや、監禁なんかされた事ないから、前世の知識役にたたないな。
「う~ん……役に立つ知識……ちし……き? ――そうだっ!」
がばっと顔を上げたら、眩暈がしたけどひらめいた。
「知識の泉、検索! 嘆きの洞窟遺跡の事と、神様への助命をお願いする方法、もしくは外部の人に魔法や精霊を使わずに連絡を取る方法!」
きらきらっと、頭の中で何かがきらめくのがわかった。
――検索結果を提示します。