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1-096)遺跡内部と、迷路と、指輪。

 手に絡まった物は痛いくらいに私の腕を締め付けると、私の事を強く強く引っ張った。


 のだと、思う。


 声を上げる暇なんかなかった。


 誰かが私の名前を呼んだ気がしたけれど、よく覚えていない。


 何が起こっているかもわからなかった。


 さっきまでアル君を探していたのだ。


 だが、気が付いたらここにいた。







「……?」


 なにかに引っ張られるまま滑り、上半身から倒れるように地面に倒れこんだ私は、顔や左の体をしこたまに引きずり叩きつけられた状態で地面に転がる――と思ったのだが……。


「大丈夫か!? フィラン!」


 引っ張られた方の左腕と反対側、右側から体ごとしっかりと大きな二本の腕に抱え込まれたおかげで地面にたたきつけられることなく、狭い石に囲まれた空間に立っていた。


 自分を抱え込んだ相手を確認するために恐る恐る横を向けば、そこには先ほどまで探していた相手がものすごく焦ったという顔をしていた。


「アル君……。」


「よかった。急に何かに岩の方へ引きずられて行ったから慌てたよ。 引っ張られていたみたいだけど、腕は大丈夫?」


「腕……。」


 言われれば違和感がある気がする。


 いや、ちょっと見るの怖いな、何が巻き付いたんだろう。


 そぉっと見てみれば、もう痛みはないけれど何かが力いっぱい巻き付いていましたよ! という感じの痣になっており、ついでになにか()()()()とした感じの粘液と黒い鱗がべったりと張り付き、なんなら腕から滴り落ちて粘液糸で地面とつながっちゃっている。


 足元の、粘液の中に落ちている線香の燃えカスみたいなのが、巻き付いていた本体でしょうか……口と尻尾みたいなのが見えるなぁ……蛇、かなぁ……。


「……うわぁ……あぁぁぁぁ!」


 正直とても気持ちが悪い。


 生臭いし、ねばねばぬるぬる、見てしまえば足の先から頭の先にゾワゾワゾワッ! と寒気が走った。


「気持ち悪い気持ち悪い~! いやぁ~!」


「落ち着いて、フィラン。 『――消滅』」


 ぶんぶん手を振っていると、はいはいと背中をさすって優しく宥めてくれながら、わたしのきちゃない腕にかざされた、アル君のやけどの跡みたいなひきつった皮膚色の手が光り、私の手についた跡と粘液を綺麗にしてくれた。


 粘液も、鱗も、痣もなくなり、すっかり綺麗になった腕を見てほっとした。


「アル君、神っ!」


 うわぁぁん、とお礼を言いながら抱き着いたのだが、なんだか随分動きにくいことに気が付いて……今の状況を思い出した。


 抱きかかえて引っ張られるのから守ってくれてたんですよね、うん。


 でね、今もそのまま、アル君の腕の中、胸の中にわたくし、()()()()()収まっているのです。


 おっきいねアル君、本当に15歳なのかな?


 それとも実は私、めちゃくちゃ小柄だったのかな?


 いえ、何よりもですね、この状況。


「ありがとう、アル君。 それでね……。」


「どういたしまして。 それで、なに?」


「こけずに済んだのも、手が綺麗になったのも、本当にありがたいのですが……あの……放していただいてもよろしいでしょうか……?」


「放す……? あ、あぁ!」


 火を噴きそうな顔を両手で隠してお願いすれば、アル君も慌てたように私を腕の中から解放してくれた。


「ごめん。 とっさだったから。」


「私こそ本当にごめんなさい……。」


 恥ずかしいのをこらえながら、アル君にお礼とお詫びのために深々と頭を下げ、気を取り直すように周りを見た。


「ここは……どこかな?」


「遺跡の中、何だと思うけど……。」


「あの状況からどうしたら遺跡に入っちゃうの? マーカス様とビオラネッタ様おいてきちゃってるのに……絶対心配してるよ。」


 何かあったら呼べって言われたのに、まんまと入っちゃってごめんなさい。


 でも不可抗力です、と思いながらも焦る私の肩にアル君は手を乗せた。


「あやまるのは後でもできるから、とりあえず、出口を探そう。 ここにいて地響きで遺跡が崩れるとかすると困るからね。」


「あ、うん。 そうだね。」


 このままこの狭い空間にいるのは得策ではないと自分だって流石に分かる。


 次にあの大きな地震が来たら、この遺跡が全壊する可能性だってある……岩につぶされて第二の人生終了、なんて御免だ。絶対に御免だ。


 二度目の人生は楽しく生きたい!


「『黄泉船の光(ボート・ランタン)』」


 室内も、その外も灯は必要なさそうだったが、念のために、と魔法を使ったアル君。


 ゆらゆらと揺らめく灯の後について、私達は歩きだした。


 小部屋の外は、二人で並んでも平気なくらいの広さの通路。


 はて、あの小さな外見から何故この広さが? と不思議に思わないでもないが、今は追及する暇はないため二人で通路に出た。


 てくてくと歩く中、そういえば、と私は気になることを聞いてみる。


「アル君、遺跡の周り確認してる時、誰か見かけた?」


「いや、あの時の人影はやっぱり見間違いだったみたいだ。 みんなの足止めをしてしまって反省してるよ。」


 申し訳ない、という顔をしているアル君。


「そんなことはないよ……だって私もここに来ちゃったもん。 見間違いとか、誰にだってあるしね。」


 ひらひらと手を振りながら大丈夫! というが、心底申し訳ない、とアル君は続ける。


「そうだけど、僕がなかなか帰ってこないから探しに来てくれたんでしょう?」


「それは心配してたんだけど……あ! そうだ! アル君どこか怪我してない? 大丈夫?」


「え?」


 そうそう、私が後を追うことになったきっかけのあの叫び声の審議!


「だってね、アル君がなかなか帰ってこないねって待ってるときに、すごい声が聞こえて。 それで私が後を追ったんだよ?」


「声?」


 首をかしげるアル君。


「え? アル君の声だと思ったんだけど……。」


 アル君が行ってしまってから聞こえたあの声の事を話すが、アル君はとても不思議そうな顔をしている。


「少なくともそれは僕じゃないよ? ほら、何処も怪我してないだろう? 皆と別れた後、歩いていたら手袋の挟まった穴があって、誰かいるんじゃないかと確認してたんだ。 そこにフィランが来たから声を掛けようと思ったら、急に何かに引きずられていくのが見えて、慌てて抱えたんだけど……?」


「え? そうなの? だったらあの声は一体誰だったんだろう。」


「聞き間違いじゃないの?」


「でも、マーカス様と二人で聞いたんだよ? 二人で確認に行くのは駄目だからって、私が来たんだもん……。」


 うん、あれは聞き間違いじゃない。絶対自信ある!


 そう力説すれば、ますます不思議そうに首をかしげるアル君。


「そっか……。 僕には聞こえなくて二人には聞こえた声、か……なんだろう、不思議だね。」


「うん~、おかしなことばっかりだよね。 ……あれ?」


 なんだかもやもやっとしながらも、壁を伝いながら歩くこと、体感にして10分くらい? で、私達は少し開けた場所にでた。


 中に入ってきょろきょろするけれど、白っぽいむき出しの石に四面を囲まれて窓ひとつない殺風景な場所。


 何処にも通り抜けできるような場所もなく、アル君の方を見る。


「行き止まりだね?」


「行き止まりというより……これは、何かの部屋のようだね。」


 確かに……言われてみれば、最初に入った? 紛れ込んだ? 部屋よりも広い部屋と言われれば部屋なんだろうけど、そう呼ぶには違和感がある。


 殺風景すぎるのに、何か引っかかりを感じるような気がするのだ。


 遺跡だから仕方がないのかと思ったが、よく見れば何にもないわけではなかった。


 そして()()にますます違和感を感じる。


「なんでこんなところに、椅子?」


 部屋の奥に階段があり、今立っているところよりも数段高くなっていて、一番奥にはなぜか、銀色の華奢で綺麗な椅子が倒れもせずに()()()


 遠目にみても、こんな殺風景な遺跡にはあまりにも不釣り合いな美しい椅子。


「部屋っていうには階段があって、変な造りだよね? 椅子が一脚だけ置いてあるのも変だし……何なのかな? とりあえず引き返して別の部屋に行こう?」


 今すぐにここから離れたい、と心から思った。


 だからすぐ引き返そう、と、アル君の腕を引っ張って部屋を出ようとした時だった。


「フィラン。」


「なぁに?」


 腕を引っ張られて振り返ったアル君が、青い瞳をきれいに細めて笑った。


 ぞわっと、寒気が強くなって思わず手を離す。


「……アル君、どうしたの?」


 静かに私を見て笑っているアル君に、もう一度、言う。


「マーカス様たち待ってるから、早く行こう?」


「フィラン、師匠の指輪かして?」


「え?」


 指輪? マリアリアさんから預かった、あれ?


 それを、今?


 ガンガンと頭の中で危険を知らせる鐘が激しく鳴っている気がする。


 ごくりと、息をのんだ。


「今? ……後じゃダメ? 早く出ないと……」


「今、見せてほしい。」


 みんな待ってるから早く行こう。


 言おうとした言葉にかぶせるように手を差し出してきたアル君に声が震える。


「……わかった……」


 訳が分からないまま、首から下げた指輪を引っ張り出す。


「これ?」


 首に下げたまま、指輪を見せる。


「うん、ありがとう。」


 アル君が指輪をつまむと、ぷちん、と、革ひもが切れた。


「え?」


 新品の、しっかりした紐なのになんで? と思っていると、そっと手を握られた。


「アル君……」


「ありがとう、フィラン。」


「……へ?」


 ぐらりと体が傾き、目の前には壁、天井……アル君のゆがんだ顔。


「指輪を運んでくれて、()()に入れてくれて、玉座に案内してくれて。」


 アル君の優しい青い瞳が、あんなに怖いと思った事はなかった。


 私は突き飛ばされた、のだと思う。


 次の時には壁に背中をぶつけて、痛みでそのままずり落ちるように床に座り込んだ。


「アル君……」


 目を開けた時には、アル君は指輪をはめて、あの椅子の傍にいた。


「さぁ、フィラン。 ()()()行こうか。」


 アル君がにっこりと、見たこともない笑顔で笑い。


 肘置きに手をかけ。


 膝を組んで。


 椅子に、座った。






 どこか遠くで、大きな雄たけびが聞こえて、洞窟が再び大きく地鳴りを始めた。

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