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1-094)地震と退避と、遺跡再び

 地震は収まることのないまま、ずっと大きく縦横斜めと揺れている。揺れの気持ち悪さに酔い始めた私は、きっと木に体を打ちつけた時に、三半規管がイカレてしまったからそう感じてるんだと思いこむようにして、体の近くにある木を左手でぎゅっとつかんだ。


 カラン、と、乾いた音がする。


 そこで気が付いた。


 精霊たちとの契約の指輪のはまった腕輪は、以前と変わらずキラキラしている――だからきっと、声は聞こえているはず。


 「アンダイン……。」


 あの日、神様の木の傍で。


 一番最初に私の前に飛び出してくれて、無理難題言い出して、大泣きして、脅迫めいた事されて、それで一番最初に名前を付けて、それからは家族みたいにずっと一緒だった、水の精霊の名前を呼ぶ。


 出てきてくれる気配はない。


 だけど、アンダインとの契約の青い指輪はきら、きらっと、少しだけ強く光を放っている。


 ほかの指輪だってそうだ。


 精霊たちと、縁が切れている訳じゃない。


 それがものすごくう嬉しくて、ほっとしたら涙が出て来た。


 一人ぼっちになってしまったわけじゃない、きっと、この地震のせいで出てこれなくなってるんだ!


 グイっと涙を袖で拭って、両手で木をつかむ。


「大丈夫、私、強いんだからっ! アラフォーなめるなよぉ! だから、今泣いちゃダメ! 絶対、後で会った時に力いっぱい文句いってやるんだからっ!」


 グイっと体を起こして立ち上がろうとした時、ぴたっと、地震は止まった。


 おぉ、私の気合すごい、地震止めちゃったじゃん!


「なんちゃって、そんなわけないか~。」


 よいしょっと体をしっかり起こすとズキッとお腹が痛くなったけれど、押さえればちゃんと立ち上がることができた。


 青あざになってないといいな、とお腹をさすりながら周りを見る。


「フィランっ!」


「アル君! マーカス様!」

 

 アル君とマーカス様がわき腹や肩を抑えながらこちらへ早足で近づいてくる。


「大丈夫だったかい? フィラン!?」


「大丈夫、ちょっとお腹ぶつけちゃったけど……アル君とマーカス様は?」


「よかった。 僕たちもちょっと岩や壁に体をぶつけただけだ。大きな傷にはなってない。 ビオラネッタ嬢は……」


「ご無事です、衝撃で気を失われているだけです。」


 白銀の聖騎士様も、ビオラネッタ様を抱きかかえたままこちらに向かってきた。


「よかったぁ。」


 ようやく全員の無事を確認して安心したところに、少し遠くに飛ばされていたっぽい保全用員の騎士様がダンジョン内を確認していたのだろう、すこし遅れてやってきた。


「この階の緊急退避用ゲートは落ちて来た巨石の下敷きになっていて使用できませんが、通常のゲートは使用可能であると判断しました。 しかし下の階への移動は危険と考えます。 そのためひとまず10階層へ上がりましょう。 まず私がゲートをくぐりますので30秒しても私が返ってこなければ、皆様でくぐってきてください。 危険であるようであれば私はすぐにこちらに帰ってきます。 その後、別の退避ルートを考えます。」


「わかりました。」


 アル君が返答したところで、保全用員の騎士様はゲートをくぐっていった。


「この揺れ、何だったのかなぁ?」


 わき腹を押さえながら聞くけれど、みんな首をかしげる。


「わからないな……あんな地面が揺れるなんて事、生まれて初めての体験だったよ。」


「俺もだ。 正直、強襲クエストが発生するよりハードだな……。」


 は~とため息をつきながら、わき腹をさするマーカス様。


 アル君も肩をずっと押さえているから、かなり痛いのかもしれない。


 癒しの力をもつビオラネッタ様は気を失っているし……よし、これはもう、これを使うしかないだろう。


 鞄の奥に手を入れてみれば、割れずにちゃんとそこにあった。


「マーカス様、アル君、ちょっとこっち。」


「どうした? フィラン。」


「……えっと、内緒でこれ飲んでください。」


 白銀の騎士様に背を向けるように二人を呼んだ私、鞄の底からもしものために一個だけ持ってきていたポーションをコップに半分入れてマーカス様に、瓶のままの物をアル君に渡した。


「ジュースだと思って……アル君も。」


「これ、ポー……。」


「いえ、これはただの果実水です。 どうぞ、一気飲みしてください。」


 二人、顔を見合わせてからグイっと一気に飲み干した。


 と、びっくりするような顔をして、先ほどまでさすっていた場所を軽くたたいてみたり、手を何度もグーパーしている。


「これは……。」


「演習には持ち込み禁止の物なので、絶対に内緒ですよ……。 半分だけでしたけど大丈夫ですか?」


 うんうん、と頷いた二人。


 マーカス様はその効能に本当に吃驚しているようだが、私がお腹をさすっている手をこっそり指さした。


「俺はもう全然……半分でこれって本当にすごいと思うんだが……腹、痛いんだろう? フィランが飲んだ方がよかったんじゃないのか?」


 うん、確かに痛い。


 結構痛い。 だけど……


「こういう緊急時は、体を張って戦える人の回復が最優先です。 わたしはこっちを飲むから平気! 家に帰れば果実水もいっぱいあるし。」


 そういって、鞄の奥から出してきた薬包紙に包まれた粉薬を果実水でグイっと飲む。


 うっぇ。


 にっがーい。


 でも飲んだ瞬間に体中に清涼感が広がり、ひとまず体の痛みは引いていく。


「それは?」


「痛み止めです。」


「痛み止め……?」


 そう、私特製の即効性鎮痛薬だ。


 雨が降る前の頭痛などの時に飲む用の、『薬屋・猫の手』の超人気商品「ペインフリー」だ。


 ……え? 安直な名前? いいの、変な名前つけるとどれがどの薬かわからなくなっちゃうからね! あと、ストマックストレスフリーとか。ポンペインフリーとか、ポンポンシブリンナオールとかもあるけど、まぁそれは後日詳しく!


「しかしそれは、治ってるわけじゃないってことだよな。」


 おっと、マーカス様わかってる~。 けど、心配させるわけにはいかないからにこっと笑った。


「応急処置ってとこですけど十分です。 そんな顔しなくても大丈夫ですよ。ビオラネッタ様が起きたら直してもらえるし、もし家に帰るのが先なら家にもあります! さっきも言ったとおり、何があるかわからないので、動かざるを得ない人が飲んでください、私は痛くても魔法はつか……え、る……。」


「フィラン?」


「いえ、魔法が使えるので。 ほら、そろそろ時間ですよ。ゲートに入りましょう?」


 ぐっと、ここで引っかかって言葉を飲んでしまったが、その引っ掛かりの原因を考えないようにして、心配そうにのぞき込む二人に笑った。


「そうだな。」


 うん、と、後ろ髪をひかれながらも頷くマーカス様。


「でも、辛かったらすぐに言うんだよ、フィラン。 無理しないで。」


 そう言って背中をさすってくれるアル君。


 二人とも優しいなぁと一瞬うるっとしちゃったのをごまかすように、ゲートの傍に立つ、ビオラネッタ様を抱きかかえた白銀の騎士様の方へ向かった。


「行きましょうか。」


 騎士様に促されて、まずはマーカス様、私、アル君、騎士様とビオラネッタ様の順で、私たちは10階層へ戻るゲートをくぐった。







 ゲートでの転送が終わって10階層。


「……え?」


 しゅっと転送の光が消えたところで、私達は言葉を失った。


 つい先ほどまでいた10階層は、草原と、泉と、ところどころにある雑木林の茂みがあり、果実の実る木があって、他のクラスの人や保全用員の騎士様たちがいて、演習だというのに牧歌的な雰囲気があったから、だ。


 しかし。


「……なんだ、これ……」


 最初に口を開いたのはマーカス様だった。


 腰に佩いた剣をいつでも抜けるように手を添えたのは、そんな言葉を呟いたのとほぼ同時だった。


「何にもない。」


 目の前には、草原すらなくなった荒地。


 木も、岩も、そのほかの物も何にもなくなった赤黒い平面の世界が広がっていた。


「先に入られた騎士様は?」


 気が付いて周りを見渡すが、何にもない。人影も、何もかも。


 いや、違った。


「アル君、マーカス様……あれ。」


「……あの遺跡か。」


 マーカス様がここを抜けるときに教えてくれた木陰に隠れていた遺跡が、今はむき出しになってそこにある。


「あそこには……いや、近づかないでおこう。 これから先の事は聖騎士様に聞いたほうがいいかもしれないな。」


 私達三人、うん、と頷いてビオラネッタ様を抱きかかえているはずの白銀の騎士様に声を掛けようと振り返った時だった。


「ビオラネッタ様!?」


 私は転移門の魔方陣の上にひとり、横たわっているビオラネッタ様の傍に慌ててしゃがんだ。


「ビオラネッタ様?」


 そっと口と鼻の前に手をやると、規則的に穏やかな呼吸が感じられたため、ただ気を失って眠っているだけと分かってほっとする。


 だが……。


「聖騎士様は、何処にいったんだ?」


 アル君があたりを見回している。


 先ほどまで一緒にいた、ビオラネッタ様を護衛していた聖騎士様の姿はどこにもない。


 でもゲートは一緒に潜った。


 それは全員が、覚えているのだ。


「どういう、こと?」


「わからない。 でも、彼女をこのままにもしておけない。」


 とりあえず魔物はいなさそうだ、と言ったマーカス様がビオラネッタ様を抱き上げた。


「とりあえず俺たちも、上に上がるゲートに向かうか……。」


 頷きあって、緊急退避用ゲートのある方に向かって歩き出そうとした時だった。


「ん?」


 立ち止まったアル君が、遺跡の方を凝視している。


「アル君、どうかした?」


 そっと彼の服の袖をつかんで問いかけると、じっと遺跡の方を見ている彼が首を傾げた。


「いや、今、誰か人影が遺跡の方に……。」


「王家の封印がされてるっていうあの遺跡に?」


「まさか、この状況で……?」


 この状況下で、あそこに誰かがいるとは思えない。


 多分だけれど、みんなすでに退避が終わってしまっているのだろう……。


 でも、可能性が頭をよぎる。


 もし、逃げそびれた同級生の誰かがここに残ってたら?


「そういえば、11階層に降りようってなった時に、ビオラネッタ様があっちに向かってる他の班の人がいるって言ってましたよね?」


 お互いが顔を見合わせて、同時に息を吐いた。


「念のためだ。 誰かいないかを確認だけしよう。 でも今、誰かが1人で見に行くのは得策ではないと思う……だから、全員で行こう。」


「わかった。」


「フィランも離れないように……そのまま袖を握ってて。」


 言われて、私はあっ! という顔をしてしまった。


 アル君の袖をつかんだままだったよ。小さいお子ちゃまか何かですか? 私。


 恥ずかしい、と思いながらも言われるままにアル君の袖をつかんだまま、私達はゆっくり警戒しながら遺跡の方へ向かった。

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