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1-093)魔物遭遇と、届かない声

「いやいやいやいやいやっ! 無理無理無理無理無理っ!」


 11階に降りた瞬間にカサカサカサカサッと聞こえてきた()()音に、私はすでに半狂乱だった。


「こっちこないでぇぇぇ! スキル展開『水魔法――最果ての瀑布』っ!!」


 ――ぴちょん。


「やだ! なんで魔法が出ないの!? アンダイン~ッ!」


 頑張って唱えた水魔法が指先から一雫の水滴しか出ず、しかし目の前には水煙を上げて近づいてくる銀色の悪魔!


「いやぁぁぁぁ!!! スキル展開『水魔法――最果ての瀑布』ぅぅ!」


 ぴちょん。


「だから、なんでぇぇぇぇぇぇ! こっち来るなぁぁぁ!」


 もう目前まで迫ってきている稲妻張りに高速の悪魔に私の喉から絶叫が迸る。


「フィラン! 下がって!」


 私の悲鳴と入れ替わりに、剣を振る音がする。


 ザシュッ!


 素早い空を切る音と、何か重くてかたくて、それからやわらかいものを切った時の音。


 想像()()()()ほしい!(二回目!)


 前世、地球上でもっとも日本人から嫌悪された昆虫であるはずの、G様の! 進化版なのか、でっかいやつが縦に真っ二つ。


 いや、真っ二つって!


 なのにまだ奥からぞろぞろとこっちに加速してくるし! なんなの!? 音速の貴公子か何か搭載してるの!?


 6本の脚から繰り広げられるあの音と超素早い動きだけでも嫌なのに!


「あっちからも来たぁぁぁぁ!」


「『深淵の槍――100連』っ!」


 ぴゃー! と叫んで動けなくなったわたしを、片手で抱きかかえてG様から遠ざけてくれたアル君、反対の手で出した氷の矢を飛ばして地上を這っている奴らを一斉に仕留めるが、何処からともなく聞こえる嫌な音。


 どこから?


 どこからなの?


 ま、まさか……?


 そーッと上を見てみると……。


「天井からキターーーーーー!」


「さすがにすごい数だね。 『深淵の槍――100連』っ!」


 天井に突き立っていく太い氷柱に一斉に貫き潰されていくが、何匹かは器用にひっくり返りながら落ちる。


 で、こちらに向かってヘアピンカーブをドリフトしたの?! って感じの高速転回してこちらに向かってくる。


「ひぁああぁぁ! この世の終わりィィ!」


「フィラン、落ち着いて!」


 なんなのよ、その無駄に素敵なメタリック仕様の外装!


 装甲車がないのが残念なほど高い守備力!


 なんなのよーーっ! その無駄に高いスペックーっ!


 針金のような細く折れた触角から、小さな火の玉何個も飛ばしてくるんじゃねぇ!


「無理無理! 変な進化してるぅぅ!」


「落ち着け、フィラン嬢。鋼鎧虫はもともとこれが初期形態だ。」


「これで初期形態だと!? ありえない―!」


 どんだけスペック高いねーん!


 膝が笑って動けないし、真正面から迎え撃つ気にもなれずに半泣きの私は現在全く使い物にならず、アル君にマントを掛けられて少しくるまってて、と放置されました。


 マントの中でガタガタ震えている間にも、アル君とマーカス様がばっさばっさ! と切り刻み、バッシュバッシュ! と魔法の矢を突き立てていっているようです、音が聞こえます……想像はしません、怖いから。


「ほら、フィラン、全滅させたよ。」


「ほんとに……?」


 アル君の声に、恐る恐るマントから顔を覗かしてみれば、一番大きな甲殻以外は解けて消えてしまっている鋼鎧虫の残骸たち。


「おぉぉ……全部いない……。」


「全滅させたぞ。 これで素材取り放題だけど……意外だな、フィランは昆虫系は駄目なのか?」


「ゴキ……いえ、この類だけです! 後は平気……。」


 頭から被っていたマントを取ってアル君に返却しながら、笑っているマーカス様に涙声で反論する。


 そう、こいつだけなのだ! こいつだけ……いや、違うな、ジャイアントダンデリオンのアブラムシの時もちょっと大騒ぎしちゃったもんな……。


 ぶるっ! と思いだしたら身震いがして止まらない。


「前言撤回! 昆虫系は駄目、足が2本以下、4本以上のかさかさ動く生物は苦手、だめ、ほんと無理……。」


「まぁ男にも駄目なやついるけど、女性冒険者には特にそういうやつ多いよな。 じゃあ、こっちの素材は俺たちが集めるから、フィランは薬草とか集めてくれ。」


「はぁい。」


 カラカラっと笑ったマーカス様はアル君と一緒に、カチャカチャ音を立てながら素材を集めて袋の中に入れていくのをみてから、ふむ、と周りを見回して……気が付いた。


「マーカス様、アル君、ビオラネッタ様は?」


 そう、ビオラネッタ様がいないのだ。


 さすがのビオラネッタ様も鋼鎧虫は駄目だったのかと思いながら確認すると、マーカス様が先の方を指さした。


「あそこ。」


「あそこ?」


 指さされた先をじっと見ると、ほんのり光る乳白色の光と、ごそごそと動いている真っ白の人影……。


「あ、いた。 ビオラネッタ様――!」


「あ、フィラン様、大丈夫ですか?」


 手を振って小走りに近づいてきたビオラネッタ様は、両手に何かを抱えている。


「何を探していたんですか?」


「これです。」


「赤い玉?」


 首をかしげてそれを手に取ると、ピンポン玉くらいの大きさの、綺麗な赤い鉱石の玉を何個も布を使って拾い集めたようだ。


「アルフレッド様に教えていただいて、これを集めていたんです。」


「これ、何の素材ですか?」


 きらきら光って綺麗だなぁ、なんて考えて……ちょっと思い当たった。


「いや、聞くのやめておいてもい……」


 いいですか? と最後まで言うことは私は出来なかった。


「これは、先ほどの鋼鎧虫の核だそうですわ。」


「w345h34うwvtん@0あrstぷ―――――っ!!!」


 私の声にならない悲鳴が、11階に響いた。






「落ち着かれましたか? フィラン様。」


「逆にどうしてそんなに落ち着いているんですか? ビオラネッタ様……。」


 12階層への転移門の近く、冷たい清水の湧く泉の近くで、頭と心の乱れを冷やして落ち着かせながら休憩をする私に、清水で絞ったハンカチを渡してくださったビオラネッタ様に問いかけた。


「どうして? と聞かれましても……生まれて初めて見ましたが、すごく硬くて、速く動く魔物なのだなぁと思ったくらいで……。」


 あぁ、ビオラネッタ様にはG様の記憶がないのか、初見なのか。だから嫌悪感がないんだな、納得。


 と、納得した私は、借りたハンカチで目元を冷やしながらため息をついた。


「すみません、私はどうしても昆虫系が苦手みたいです……うん、でも、そろそろ落ち着きましたから、茸とか薬草とかの採集はじめますね。」


「では、お手伝いしますわ。」


「ありがとうございます。 あ、ハンカチはちゃんと洗ってお返ししますね!」


 ハンカチを耐水性の布に包んで鞄に入れた私はその場から立ち上がろうとして……ぐらん、と、大きく眩暈がしたような気がして、再び座り込んだ。


「フィラン様、大丈夫ですか?」


 同じく座り込んでいるビオラネッタ様が私に声をかけてくれるが、再び大きく眩暈がしたような気がした。


「きゃぁ!」


 ビオラネッタ様もよろけている……ということは、目眩じゃない?


「ビオラネッタ様、大丈夫ですか?」


「え、えぇ。 大丈夫ですわ。 それにしても何でしょうか、いまのは……大きく地面が動いた気がしたのですが……。」


「そう、ですね。」


 あれ? そう言えばこっちの世界で今まで感じたことはないけど、やっぱりこっちでも地震あるの? と首をかしげるが、あれとも少し違う気がする。


 地震のようにグラグラと大地が動いた感じではなく、大きく一度揺れただけだ。


「なんでしょうか?」


「……う~ん……変な感じですね。」


 周りを見渡すが、まるで2回揺れたのが気のせいだったかのように静かで、とりあえず、と、二人で顔を見合わせてから立ち上がろうとした時だった。


 今度は大きく、二度、三度と揺れた。


 縦揺れとか、横揺れとかではない。


 大きく旋回するような、天と地がひっくり返るような変な感じの揺れ方だ。


「きゃぁ!」


「ビオラネッタ嬢、フィラン! 大丈夫か!?」


 バランスを崩して二人でこけてしまったところで、マーカス様とアル君が走って近づいてきた。


「大丈夫ですわ、怪我はしておりません。」


 そうビオラネッタ様は答えるが、今もまだ小さく揺れている気がしてなんだか気持ちが悪い。


「地震かな?」


 不意にそう言ってしまったが、三人が不思議そうな顔をしている。


「地震って?」


 なるほど、こっちでは地震ってないのか……世界有数の地震大国に住んでた私の感覚から言えば、いまのは揺れの大きさだけで言ったら震度4くらいだぞ?


 と思いながらも首を振ってから問いかける。


「なんで揺れてるのかな?」


「わからないな……今まで何度か嘆きの洞窟には入ったことがあったが、こんな風に揺れたことはなかった。」


「トラブルなのでしょうか?」


「考えられるね……あ、保安要員がきたよ。 状況が聞けるな。」


 マーカス様の声に私たちは足音がする方を見ると、顔色の悪い騎士様と、見たこともない白銀に金の装飾のマント姿の騎士様がこちらへ走ってきている。


「あの……」


「説明は後で行います。 緊急事態となりますので緊急退避を! 聖女様はこちらへ!」


「え?!」


 白銀のマントの騎士に手を取られて守られるように立ち上がったビオラネッタ様と、保安要員の騎士様に促されて私たちがゲートに向かおうとした時だった。


「きゃぁぁぁ!」


「うわっ!」


「わっ!」


「ひっ!!」


 私たちはそれぞれに大きな悲鳴を上げた。


 それから、転がるようにゲートを通り越して、さらに先の洞窟の壁や、樹木、岩に体を打ちつけて止まった……のだと思う。


「痛……。 なに?」


 木の根元に転がっていたらしい私は、体勢を整えながら顔を上げた。


 私の隣には気を失ったビオラネッタ様を抱える白銀のマントの騎士様がいて、彼女を守りながら状況を伺っているように見える。


「……誰か……アル君?、マーカス様……? そうだ。 サラマンドラ、お願い、出てきて。」


 火のダンジョンなら火の精霊を。


 そう思って、昨日の朝、出発を見送ってくれた精霊の名前を呼んだ。


 だが。


「え? サラマンドラ?」


 そう願って呼ぶが、いつもなら名を呼べば、何なら名前を呼ぶ気配を感じただけでもすぐに出てきてくれる彼女が出てくる気配がない。


「え、なんで? エーンート? グノーム? アンダイン? シルフィード……?」


 5精霊の名前を呼んでも、誰の気配も感じない。


 そんななかでも揺れは続き、徐々に不安が募ってくる。


「なんで? ……いつもみたいに出てきて……。 アルムヘイム! ヴィゾヴニル!」


 願うように、その名を呼んだ。


 しかし、彼らに届かない私の声はむなしく11階層に響いた。

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