1-009)新居を内見してみよう!
「希望された2階層の南側の物件に、ちょうどいい本当におすすめの物件があるんです!」
ギルド近くのお店でクレープみたいな薄く焼いた甘い生地に、お野菜やお肉がくるくるとまかれたラップサンドみたいなものと、トウモロコシに近い豆のスープという軽い昼食を食べてから、転移門を使って二階層に降りた私とギルド員さん。
これから向かう先は、本当におすすめ物件なのだろう。
お兄さんの兎の耳がしっかり立ち上がり、時折大きく動いていてとても可愛らしいと思う。
「う~ん、しかし由々しき事態ですよ、私。」
ギルド員のうさ耳イケメンさんは、お日様の光の下で見ると、中性的とまではいかないが、細身で長身だけど、しっかりした体幹の持ち主のようで歩き方もとても軽やか。
でも、獣人の特徴がうさ耳だけっていうのが、こう、なんていうんですかね…庇護欲? 違うな……ちょっと背徳的? ……もう一声、私の気合!
バニーボーイ……(逆じゃなくって良かった。)
正直、実は足は兎さんとか、そういうのも期待したけど違いましたけどね。
いやでも可愛い風イケメン、年上でしょうけど後輩属性っぽくて可愛いですよ!
「どうかしましたか?」
「いえ! 大丈夫です!」
脳内で拳を高く掲げたポーズをとりながら、兎のギルド員さんについて歩く。
大通りを自分の足で歩くのが初めてだったので先程まではよくわからなかったが、足元はレンガの風合いの白い石を組み重ねて作られ作られた石畳で、凹凸もあまりない。
しかも騎獣や馬車などの大型の輸送手段は大きな道しか走ってはいけないそうなので、一本中に入れば事故の確率も減ってかなり安全だ。
小型の騎獣は中道も使用を許可されているが、歩くだけ、騎獣は早歩き禁止! しっかり決められてるなぁ。
それから明記するべき点はもう一つ、この石畳!
どこの石畳も等間隔に青白い石がはまっていて、なんの役割があるのか分からないけれど花の模様のようで可愛い。
通り道沿いにあるおうちやお店は、区画ごとにカラーが決まっているのだろう。 屋根や壁が似たような色で統一されているし、お花が咲いている屋根だったり、道なりに植え込みがあったりと、某散歩番組で見た異国風が広がっていて、私の心は大いに大満足している。
あぁ、世界観も可愛い! 完璧ですよ! ラージュ陛下、そして神様! グッジョブです!
「つきました、こちらです!」
本日何回目かの脳内ガッツポーズをとったところで声をかけられ慌てて顔を上げると、白い低めの壁に門から続く白い石のアプローチから少し奥にある緑の屋根に白い壁の二階建ての小さなおうちがあった。
「……一軒家……?」
「店舗ですからね。」
「十四歳の小娘が一軒家にひとり暮らし…なんの贅沢?」
集合長屋の一角とか紹介されると思ってたから、あっけに取られてしまった。
「貴女たちは事情が事情ですから。 この家は見た目小さいですが、門から玄関にかけての広い庭と、一階に水周りと店舗に向いた広いフロアー、二階は私室が三部屋ありますので一階を店舗に、二階を居住空間にできますよ。」
書類を見せてくれるが、一階の部屋の中に赤で二重丸が書いてあるのはなんだろうか。
問題物件なのかな……?
「いかがでしょうか? 薬屋を開くことが前提ですから、薬草を植える畑が左右にあるのもいいと思いますよ。 たかが薬草でも、材料費って馬鹿になりませんからね。 あ、道なりの庭ですが、窃盗防止用の結界もかけられていますから、収穫を横取りされることはありません。」
「いたせりつくせりですね。」
さ、どうぞ! と、家に続く小道を兎ギルド員に背を押されるようにして歩くと、彼は玄関に銀の腕輪を近づける。
「腕輪が鍵代わりになるんですよ。」
扉の取っ手のところに小さな魔方陣が浮かび上がり、がちゃりと開錠音がした。
「さ、中にどうぞ~。」
どうぞどうぞ、と勧められるままに金色のドアノブを引く。
もふん。
……もふもふ…
ぱたん。
あれ? 今、私何が見えたかな?
扉開けたのに真っ白のモフモフが詰まってなかった?
あれは何? 暖簾みたいなもの?
「あれ? どうかしましたか? 中に入らないんですか?」
「……いえ、なんかいました……」
油が切れた人形みたいに、すごくワクワクした顔の兎ギルド員さんに顔をむけると、あっけにとられた顔をする。
「何かって……?」
「真っ白で、ふわふわで、もふもふの何かで入り口までいっぱいいっぱいになってます……」
何だろうな、あれ、既視感があるんだけどな。
多分触れたら極上のファーのような……めっちゃ気持ちいいだろうけど、めったやたらに変なもの触らない方がいいと思う。頑張った、私。
ノブをつかんだまま固まっていたのか、兎ギルド員さんはそんなはずは……という顔をした。
「え? 空き家にしたはずだったんだけどな……なにか棲みついちゃってるのかな? たまに前住人がペットを置いて行っちゃうことがあるんですけど、鍵をかけるときに必ず確認するんですが……。」
失礼、と、私の代わりにドアノブをつかんで開ける。
「何にもないですよ?」
「あれ? ほんとだ……」
引くタイプの扉はしっかり開けられ、正面には飴色の木製の床に真っ白の壁。
広くて、綺麗で、明るい。
そして毛玉もいない。
「真っ白の壁と天井なので、光がもふもふに見えたのかもしれませんね。」
さぁさぁ、どうぞどうぞと中に促されて入ってみても、先ほどのモフモフもいなければ、気配もない。
いや、でも見た、絶対見た、絶対にいた! あれに触りたかった!
「一階はこの広い部屋と、奥にキッチン、お風呂などの水回り、二階に上がる階段とその下に物置があります。 前は芸術家のアトリエだったそうです。 広さも店舗に申し分ないですし、三面に窓もありますから明るいですね。」
まさに説明通りで、部屋の広さ十五畳ほどだろうか……うん、たぶん。
私の向こうで住んでた部屋のリビングとダイニング合わせたのと同じくらいかな? 店番も一人だからカウンターを置いてもちょうどいい広さかもしれない。
玄関から入って左側に床と同じ飴色の木の階段、その奥に簡易的な水場。目の前を全部商品棚にして、カウンターを置いたらお店としていいんじゃないだろうか。
いや、だいぶいい。
しかしそれを全部覆しそうな由々しい事態。
例の赤丸の部分!
「あの、家の中に木がありますけど……。」
「ありますね。」
玄関とは反対側、床には丸い石の縁どりがあり、土が見えていて、そこからスラリと天井ギリギリの高さで木が青々と葉を茂らせている。
「この国の中央にある巨木の枝の一部です。 庭に出てくることはよくあるんですが、家の中に伸びることもあるのか。 へ~。」
「へーじゃないです、家の中に木が生えてるとかおかしいですよ。」
「正確には、枝が伸びてるだけなんですけどね。」
「だけなんですけどね、じゃないです! おかしいです、こんな場所に生えてたら落ち葉とか掃除面倒くさいし、それに二階に突き破ったりされたら困ります。」
賃貸の原状回復、怖い!
「ご心配は不要です、この木は葉が落ちませんし、これ以上は伸びません。」
兎ギルド員のお兄さんはにっこり笑った。
「国の真ん中にある木は、『神の木』です。 あれも実は幹じゃなくて枝だという説もありますが、各階層のいろんなところにこんな風に枝が飛び出したところがあります。 でもみんな地盤が頑丈なんだな位の感覚のものなんです。 この木の葉は薬の材料にもなりますし、木自体が魔除けや瘴気の吸収分解、厄除けにもなるので薬屋さんの中にあるのはとてもいいと思いますよ。」
それに! と、彼はにやりと笑った。
「家は、基本的に国から貸与されますが、国の賃貸保証料は上限があります。 集合住宅だと第三階層以外は保証ないですが、店舗や一軒家だと上乗せ分があるので、それは自己負担となり、税金と一緒に徴収されます。 このくらいの家ですとお庭もありますし月に1大銀貨くらいでしょうか。」
「1大銀貨……」
まだこの世界の金銭感覚がわからないからそれが高いのか安いのかがわからない・・・・・でも大銀貨だしなぁ、たぶん高いよなぁ……
銅貨100枚で大銅貨、大銅貨10枚で銀貨……だっけ? この家賃は高いの? 安いの? おごってもらったさっきのご飯が80銅貨だったから……
あ、でもまって、さっきもふもふがあった気がする! 今はなかったけどあった気がする! そうすると事故物件かもしれない!?
「う~ん……?」
腕を組んで考え込んでいる私に、ふ、ふ、ふっと笑い声が聞こえる。
「それが、この木のおかげで、ただです。」
なんだって!
「借ります!」
「ありがとうございます!」
ぎゅっと、二人で握手をした。
「後、おまけで明日にでもリフォームが入りますので、お店の家具とか作ってもらってくださいね。 部屋は自浄魔法がかかっているので埃なども常識の範囲でなら日々綺麗になっていますから、寝具さえあれば今晩から寝れますよ。 宿屋代が浮きましたね。」
「……そうか、寝具もいるのか! あ、何もないから家具も!」
「家具は、明日大工さんが入ってくれるので相談してみてください、備え付けにするのもありです。」
引っ越すってお金がかかるってわかってるけど、一から暮らすって物入りだな……リフォーム代って高くない? いくらくらいかかるのかなぁ。 もらった支度金で足りる?
「大工さんって……いくらかかります?」
「最初の一度だけ基本部分は無料です。 床壁を変えるもよし、棚を付けてもらうもよし。 予算内でしたらお好きになさってください。 予算オーバーしたら自費です。 国指定の業者ですのでぼったくられることはありませんからご安心ください。」
よ、よかったー!
「は~、いたれりつくせりですね!」
「今回、ここまで保証されているのは住居を兼ねているからです。 住居は国の公共事業となっているので基本料を国が持ちますが、店舗などの売り上げが出るものはすべて自費になります。 これは住居とみなされるようにするからただなんですよ。」
内緒ですよ、と笑う彼に力いっぱい頷く。
「わかりました!」
「まぁ、この世界で生きていかれるのにこういう決め事などは重要ですから、早めに覚えていってくださいね。」
「頑張ります……。」
そうだね、ここまでバックアップがあるんだから嬉しいけど、基本は自分一人だもんね!
「では、ギルドに戻って住居の契約をしましょう。 夜までに買い物も必要でしょうから。」
「は、はい! 頑張ります」
もうやけくそ入ってきそうだけど、おうちも決まったし、私頑張る!
超がんばる!! よー!