閑話19)繭から生まれた僕と、師匠
誤字脱字報告ありがとうございます。
一部『間違ってるんじゃないかな?』と思われる表現があるかもしれませんが、後々の物語上、あえての部分がございます。
その日、僕は目が覚めた。
そして僕は不完全な僕であるということを知っていた。
僕が目覚めたのは森の中だった。
木と、草と、苔と、水、それからそこに息づく対の目だけが光る、なんにもない森の中。
そんなところで、僕はただそこに立ち尽くしていた。
僕の体とその周りは生温かいぬるぬるした液体で濡れていて、風が吹くと変な感じがした。
僕を確認するために上げてみた両手のうち、左手だけは焼けただれたようにひきつったような色をしていた。
あたりを見回しても何もなかったが、頭から何かをかぶった感じがして上を見ると、大きな繭が破れていて、それが風で揺れ、繭の中に残っていた液体が頭に落ちてきたのだと分かった。
いまだ液体を糸のように垂らしている繭を見た瞬間、僕はそこから産まれたのだろうと気が付いた。
意識を持ち、産まれた。
僕は今、産まれ堕ちたのだ。
そう分かった瞬間に、体中に何かがいっぱいに満ちていくのを感じた。
熱い何かが、体中に、手足の隅々まで爆発的に広がった感じがして、それが魔力だと、解った。
際限なくあふれる魔力に、僕は眩暈と、このままでは体がもたないと感じた。
同時に、体の中にはそれを全身に循環させる回路がある事にも気が付いた。
あふれるだけの魔力をその回路に流すように目を閉じて意識を澄ますと、ただ暴れるようにあふれていたものが流れ出した。
体中に流れるのを感じると、力は循環を始め、細胞の一つ一つがしっかりと意志を持ち始めるのがわかった。
「あぁ、産まれたわね。」
意識せずとも、流れ出す魔力の生み出される量も循環も安定したと感じて目を開けた時、目の前には白い頭と漆黒の体の大きな鳥がいた。
「魔力の循環し方も、すでに習得したのね。」
するすると形が溶け落ち、それは女の姿になった。
「あぁ、本当に強くて良い子ね。 えぇ、いい子だわ。」
そっとしゃがみ、視線を合わせた女が僕の頬に擦れると、体のねばねばは吹き飛んだ。
「……あなたは?」
僕の喉から初めて出た声は体を回る魔力で出来ていて、喉がひりついた。
それにびっくりして喉が焼けてしまったのではないかと自分の首をつかむ。
その様を見ていた女は笑ったのだと思う。
「驚かなくていいのよ、大丈夫。 今はまだ、魔力の使い方を知らないだけ。 貴方の名前は――というの。 だけれど、その名前は今はまだ、使ってはいけない名前。 あの人にとってのあなたが現れるまでは、忘れてもいい名前。」
名前、という物を聞いたとたんに、あふれ出す魔力量が膨れ上がり、それに合わせて魔力回路の循環量も速さも一気に増えた。
驚きはしたものの、苦しくとも何ともなく、ただ自分の名前はそれで、自分という物が特別な物だと分かった。
「僕の、力。」
声を出して慌ててもう一度喉を押さえたけど、不思議ともう喉は焼け付かなかった。
驚いて女を見ると目が合った。
にこっと笑った彼女は立ち上がると、僕に向かって手を差し出した。
「さぁ、家に帰りましょう? 私は貴方の師匠、貴方は私の弟子。 私の持てるすべてを教えてあげる。」
突然現れて、突然に一緒に帰ろうという女に、だけど僕はそれしか道がないのもわかっていた。
なぜか、それが最良なのだと解った。
だから、差し出された指をつかんだ。
流れる魔力で、この人が僕にとっての何なのかが解った。
それは、まだ使ってはいけない名前と一緒に飲み込む。
「一緒に帰ります、師匠。」
そういうと、女は大きく目を見開いてから、それはそれは嬉しそうに笑った。
「えぇ、帰りましょう。」
何処からともなく右手にあらわれた大きな杖を彼女が振ると、足元が光った。
「帰りましょう、アルフレッド。」
そのまま僕たちは、光に飲み込まれて家への帰途についた。