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1-081)これが圧迫面接か、悪徳契約か

「ではフィラン嬢、ご理解いただけましたらこちらにサインをお願いいたしますね。」


 執事のような出で立ちの方が、私に向かって静かに差し出したのはシルバートレイの上に乗った綺麗なアメジスト色のキラキラの万年筆の様なペンなんですが、手に取れねぇ。


「ここの空欄のところにお願いいたしますね。 あぁ、そちらのペンはアカデミー入学のお祝いとして差し上げましょうね。」


 いや、そもそも、筆記用具がシルバートレイに載せられてること自体おかしいし、そのシルバートレイに仰々しく置かれているそのペン、絶対! 軸に宝石とか使ってるでしょ? キラキラが半端ないよ? 貰えないよっていうか、触れないよこんなペン。


 ……そういえば、ディスイズアペンって中学校の教科書にあったなぁ……。


 なんて、目の前に並べられた書類の前で現実逃避をしながら固まっているのは、この出だし、お馴染みになりました、見た目は可憐な美少女(絶世ではない)中身は限界アラフォー社畜のソロビー・フィラン15歳、現在反抗期の真っ只中です。


 『です』を地球の某国のスペルにしなかっただけ褒めてほしいと思いますよ、意味は通じないと思いますけどね。


 そして今私は、極上スプリングで座り心地抜群だけど心の平和が全く保てない超高級ソファに座り、超高級なテーブルに広げられた特別な紙でしたためられた契約書? 誓約書を前に固まっています。


 なぜなら私の目の前には目もくらむような宝石で胸元……デコルテっていうんだっけ? を飾った、黒と赤という色づかいではありますが上品なドレスをお召しの令嬢にサインを迫られているのです。


 なんでこうなった? いや良くわからない。


 あの後、小一時間しないうちに我が家へ戻ってきた、めちゃくちゃ怖いお顔のアケロス師匠が突然開いた魔方陣によって、私一人、突然このお屋敷の玄関前に飛ばされたわけです。


 なんだか見たことがあるような気がするけど……ここはどこですか? なんて考える暇もなく、到着してすぐに屋敷の中に引きずり込まれたかと思ったら、そのまま案内されるままに通されたのはこの応接室。


 いや、それはそれは品の良い素敵な空間ですよ……どこかに毛先程度の傷でもつけようものなら、私の首が飛ぶんじゃないかと思うような高級品に囲まれたお部屋です。 貧乏人の私がお高そうって思うんだから、よっぽどお高そうなんですよ、もう意味わかんない。


 私がこの空間にいること自体、あんまりにも場違いすぎて、しかも私、今日は飛竜に乗ったり森の中を散策したりと、それはもう遊び倒したままのアカデミーの制服から着替えてもなかった……こんな雲の上みたいな素敵なカーペットの上を、泥のついたブーツで歩きたくなかった。庶民汚い! って怒らないでくださいね、ここに来たことすら不可抗力なんです……。


 しかも、傍にいてくれる、またはちゃんと説明してくれると思っていたアケロス師匠と兄さまもいないわけで。


 豪華な応接室に座らされ、大混乱と不安でいっぱいだった私の元へ、現在目の前でにっこり笑っている女性が現れたと思ったら、あれよあれよとたくさんの書類を並べられ、なんだかわからない難しい言葉と言い回しで難解に説明をされた上で、現在、サインを求められているわけです。


 躊躇するよね!? そんなの!


 そんなこんなで固まっている私を、執事なのかな? イケおじいちゃん紳士が一人と、それより若い弁護士さんと法務書士?さんだと肩書を紹介された男性2人、それからクラッシックスタイルのメイドさんみたいな姿の女性、目の前の黒と赤のドレスの確定貴族の女性の計5人が私を静かに見守っています。


 さぁ、早くサインしろ! と言わんばかりに!


 が、しかし!


 そんな恐怖の状況でペンも取ることができず、私はこうして生まれたての小鹿のようにプルプル震えているわけです。


 理解できない書類に!


 サインをしてはいけません!


 連帯保証人とか、裏書とかもってのほかです!


 セディ兄さまーーー!


 アケロス師匠―――!


 次からは絶対ホウレンソウ忘れないって約束しますから、たーすーけーてー!


 なんで一人で飛ばしたんですか!? 私、いったい今どこにいるんですかー!?


「さ、フィラン嬢。」


 なんて声を掛けられても、差し出されたペンを手に取ることもできず、震えて半泣きな私は顔を覆ってうつむいた。


 ……ヘ、ヘルプミー……。


「……うふ。……ふふふっ……。」


 そんな私の耳に、正面の方から聞こえてきたのは……笑う声?


 そぉっと顔を上げてみると、目の前の美女は口元を扇子で覆ってこちらを見ていますが……え? なに!? なんで笑われているの?


 庶民にはこんな簡単な書類の内容もわからないのですか? と、嘲笑うってやつですかー!? うえぇん、怖いよう!


 じわぁっと涙がいっぱい浮かんできたところで、吹き出すような声がした。


 へ?


 涙をためて、もう一度手で顔を覆った瞬間。


「あはははははははははははははははっ。」


 目の前の淑女が爆笑しました。


 淑女なのに!


 でっかい口あけて!


 お腹抱えて大爆笑ですよ!


「ふぇ?」


 半泣きのまま間の抜けた声を出してしまった私に、アメジスト色のペンを出してくれていた初老の男性が一つ咳払いをして、私にハンカチを出してくれました。


「大丈夫でございますか? こちらをどうぞ。」


「……。」


 ふるふるっと顔を振る。


 すみません、そんな高価そうなハンカチ使えません……汚したら返せない!


 そんな気持ちが顔に出ていたのか、家令の方がお気になさらず、とそれで私の目元を優しく拭いてくださいましたが、目の前の淑女はそんな私と家令の方のやり取りにも爆笑しています。


「お嬢様、流石に失礼でございますよ。 淑女としてもいかがなものかと。」


 私の涙を拭いてくれながら、お腹を抱えている淑女に呆れた顔でそう言った、おじいちゃん紳士。


「ふふ……ごめんなさい、そうね、そうよね。」


 笑いを必死に押さえ、目じりにたまった涙をふき取りながら、豪快に笑う淑女様は深呼吸をしてから、にっこりと笑った。


「私ったらいけないわね。 フィランちゃん、怖がらせるつもりはなかったのだけれど、本当にごめんなさいね。 あんまりにもびくびくしている姿が新鮮で可愛かったものだからつい。」


「ついじゃありませんよ、お嬢様。 おかわいそうに。」


 ころころと笑う姿に、情けなくなって、さらに泣きそうになったのですが、そうすると一番年上のお仕着せ姿のおばあちゃまが背中をさすってくれました。


「お嬢様、あまりお客様を困らせると旦那様に怒られますよ? フィラン様は旦那様の大切な方ですのに。」


 ため息交じりに初老のメイドさんにそう言われれば、はっとした顔をした女性は少し焦った色を顔に滲ませた。


「そ、それは困るわね……。 そうだわ! フィランちゃんお菓子好きなのよね?お茶にしましょう? うんとおいしいお菓子を用意しているのよ。 この書類はその後にしましょうね。 ばあや、お茶を皆様にも用意して。 フィランちゃんにはあのお菓子も出してあげて。 それから、人払いもお願いね」


「かしこまりました。」


 私の背をさすってくれていたメイドさんが、扉の傍に控えていたお仕着せ姿の女性に指示を出すと、これまた豪華なティセットにものすごい量のお菓子が運び込まれてきた。


 一緒にいらした弁護士さんや法務書士さんは、別のお部屋に誘導されたみたいで、この部屋に残ったのは私と、目の前の女性、それからおじいちゃん執事さんと背中をさすってくれたお仕着せのおばあちゃまだけです。


「本当にごめんなさいね、フィランちゃん。 とても可愛い子がいるって聞いていたのだけど、ひいき目で言ってるんだろうって思ってたら、本当に話に聞いたままで。あまりに可愛かったものだから、つい。」


 は~、と、笑いすぎてお腹痛いと言いながらお茶を飲んだ女性に、恐る恐る聞いてみた。


「……あの、聞いていたって?」


「皇帝陛下や皇妃陛下たちよ。」


 優雅な所作でお茶を飲みながら、優し気な微笑みを浮かべた目の前の女性が、私の取り皿にたくさんお菓子を置くように命じてくれる。


「王宮のお菓子、大好きなのでしょ? これは皇妃殿下からいただいてきた王宮料理長の新作のガレットとカヌレというお菓子なの。美味しいわよ。」


 目の前には、前世で大好きだったカヌレにガレットが!


「あの、ありがとうございます……。 えっと、すみません。」


「フィランちゃんが謝ることないのよ。 わたくしが悪いの。 だって陛下や妃殿下たちに噂だけを聞いていて、殿下たちばかりうらやましいって思っていたの。 そうしたらやっと会えたのに、こんな堅苦しい感じでしょう? 本当は仲良くしたいのに、私だけこんな役回りなんだもの、ついいたずらをしてしまったわ。ごめんなさいね。」


「……いたずら……」


 いたずらでもこんなことしないでほしいんですけどね。


 ため息をつきながら向こうでも見たことのあるカヌレを一口。


「美味しい!」


 ラム酒とは違うけれど、ふんわりしっかりお酒の味がする! そとはカリッと、中はしっとりもちもちで、最高に美味しい!


「すっごく美味しいです。」


「そう、よかったわ。 ようやく笑顔も見ることができたし、わたくしも一安心よ。 さあ、たくさん食べて頂戴。」


「では、お言葉に甘えて……。」


 初老のメイドさんがカヌレを取ってくれたのを、大きめ一口サイズに切って口に入れる。 うん、やっぱり美味しい!


「機嫌が直ってよかったわ。」


 そんな私を見ながらにこにこと笑っていた彼女は、ふと、少しだけ視線を扉の方に動かすと、突然立ち上がって佇まいをなおし、カーテシーをした。


「……ふぇ?」


 私も立ち上がらなきゃダメかな?


 口に入っているカヌレの塊をもぐもぐして、一生懸命飲み込もうとした時、扉が開いた。


「お養父様、おかえりなさいませ。」


 お養父様?


 っていうか、私も立ち上がらなきゃいけないんじゃない? この人はえらい貴族で、お養父様ってことは、この人よりもっと偉い人が入ってきたってことだよね?


 ああぁぁ、立ち上がってご挨拶しなきゃ!


 でも兄さまが、口に入ってるものを飲み込んでからにしなさいっていうし!


 一口を大きくしてしまったために、なかなかに苦戦したが、ようやくカヌレをもぐもぐごっくんして、カトラリーやお皿をテーブルに置き、慌てて頭を下げながら立ち上がった。


 それから、あわてて久しぶりのカーテシーをする。


「えっと……ソロビー・フィランです、お邪魔しております。」


「あぁ、ただいま。 フィランも大丈夫だから顔を上げて座りなさい。」


 ……ん?


 聞いたことがある声じゃなかった?


 言われたままに顔を上げた私が、腰を抜かしてへたり込むまであと3秒、だった。

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