閑話16)【祝100話目!】ルフォート・フォーマ・皇帝陛下即位100周年祭り
晴天
とはいっても神の木を中心に居住層が三層に連なってその形を成す王都要塞ルフォート・フォーマである。 二階層の空は三階層の底がきっちりと見えるわけであるが、とりあえずちゃんと晴天の青空、である。
「おーい、フィラン嬢、こっちだこっち!」
「ロギイ様!」
選手の集合場所となっている場所の中で、騎士の集合場所となっているエリアの中。
大きな体の人が手を振って大きな声を張り上げているのに気が付いたフィランは、そちらに少し小走りで向かった。
「ごきげんよう、ロギイ様。 今日は選手でいらっしゃるのですね。」
「おぉ、もちろん。 陛下より勅命でな。将軍として一番だというところを見せねばならないんだそうだ。 だから今日は何が何でも優勝するつもりだ。」
爽やかに笑いながら、尻尾を揺らす姿は美しい。
「しかしまぁ、この洋服はいいな。 かなり動きやすい。 全騎士団の練習着として採用することにしたんだが、よくこんなものを開発したな、フィラン嬢。」
「ふふ。 わたしはアイデアを出しただけで、すごいのはヒュパムさん……じゃなかった、コルトサニア商会の衣服部門ですよ。 皆さんの血と涙と汗の結晶です。」
そしてめちゃくちゃ眼福です! とは言わなかったものの、細マッチョ好きのフィランの性癖にはしっかり突き刺さっている。
満足げに身に着けている服を見ているロギイに、フィランはエッヘン、と胸を張る。
ロギイの身に着けている物は、こちらでは今までお目にかかったことのない、吸水性と通気性に優れ、ストレッチ素材という体にフィットしつつ動きを制限しないという代物――前世で言うところのフルマラソンの選手が来ているあの服を想像してもらいたい。
ロギイは将軍職なので、服装は基本的に最正装の装飾過多の鎧か、実戦用の鎧や冒険用の簡易式鎧、またはジャラジャラと勲章や装飾の連なった式典用の将軍服など、一般市民よりもかなり豪奢で重装備なものが多かったが、本日は今まで会った中でも最高にラフな格好である。
確かにラフだ。
が、その美しい鎧のような筋肉がいかんなく発揮され、そして見せつけられるその意匠は、フィラン的に表現するのであれば『尊いっ!』以上である。
「完璧です! ロギイ様!」
「あぁ、ありがとう。 しかしフィラン嬢も、見た目はもちろんだが、言葉使いも令嬢っぽくなってきたな。 あいつのお嬢様の練習はうまくいっているようで安心したよ。」
ルフォート・フォーマの白銀の騎士団長はにやりと笑ったが、とたんにフィランの言葉は詰まった。
「そ、それは……もちろんですわ。」
「……すまない。」
フィランの表情に、思ったよりもフィラン的に地獄の特訓になっているんだなと想像できて謝る。
「しかし本当に、今日はいつも以上に可愛らしいな。 これは騎士団の初心な男たちの初恋泥棒になるだろうな。」
「いやいや、目の肥えている騎士様は私なんか視界にも入らないですよ。 でもお洋服は褒めてほしいです! これは今日のイベントに合わせて発表された、ヒュ……コルトサニア商会の新作のお洋服なんです。 こうやっていろいろ歩いて宣伝しているんですよ。」
「いや、本当にさ。 姿も、仕草も、付け焼刃だったとしても貴族として通用するよ。」
「それに関してはこう……ザマーフエ公爵令嬢様のおかげですねぇ……」
棒読みである。
フィランは現在、皇妃・ルナークの仮の姿であるナーナクル・ザマーフエ公爵令嬢より淑女教育なるものを押し付け……受けさせていただいているのだが、そのお陰か、身のこなしや仕草が綺麗になったところに、本日は柔らかな空色のワンピースにフリルとレースと大きなリボンの付いたエプロンのようなワンピースを重ね着させられているのである。
そのうえ、金糸の緩やかな波打つ髪をハーフアップにして大きな黒いリボンで飾り、薔薇の頬に白い肌、きらきらのアメジストの瞳の絶世の美少女が、そんな可愛らしい洋服を着て騎士たちの集合場所を歩き、何なら超有名人であり憧れの存在である常勝将軍と和やかに話しているのである。
フィランはまったく、これっぽっちも気が付いていが、ロギイは知っている。
多方面から下心たっぷりの秋波を贈られていることに。
「……いや~、虫よけが付いてなかったら、偉いことになってたな。」
「虫よけ? つけてませんよ?」
「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ。 それよりそれ……」
ロギイはフィランが腕に甘い匂いを放つ籠を抱えているのに気が付いて指さした。
「菓子か? 誰に渡す奴だ?」
「あ、わすれてた! 庶民層の参加者にお知り合いがたくさんいるのでお渡ししようと思って。 ロギイ様も一つどうぞ。 禁止成分は全く入ってないですから、開始前のエネルギー補給に!」
「クッキー?」
差し出した手のひらに乗せられたのは、一口サイズのクッキーが数個入った包みだ。
「疲労回復とか、薬草のクッキーですよ。 走る前の糖分と塩分補給にいいかと思って。 塩味で甘くないので、ロギイ様でも美味しく食べられると思います。」
「なるほど、じゃあ遠慮なく頂こう。 ほかに行くところがあったのに声をかけてすまないな。」
「いえ。 またお話させてくださいね。 ではまた~。」
ふりふり~っと手を振りながら、ロギイから離れていったフィランの髪に飾られた大きなリボンの端には、チャリッと音を鳴らす金属のチャームが4つ。
ひとつ。 ギルド公認A級冒険者の証であり、銀色の剣のチャーム。 ただし、ギルドマスターが後見についていると表す赤い鉱石が剣の先から揺れている。
これだけでも十分に、そこいらのならず者たちはかなうわけがないと彼女に近づかないのであるが……ほかの三つが問題であった。
ひとつ。 コルトサニア商会オーナーであるコルトサニア伯爵家の家紋の入った丸に赤い百合の装飾のチャーム。 これに逆らえばコルトサニア商会との取引は止められる。
ひとつ。 宮廷の筆頭魔術師アケロウス・クゥを表す個人紋章の入った星の形のチャーム。 これは明らかに彼女の属性を知る者や、七精霊契約を知るどこにも属さないハグレモノや、地下組織に属するモグリの魔術師魔法使いに対しての『うちの秘宝に手をだしたら覚えておけ」という警告だ。
そして最後の一つが一番の問題であり、まぁ、ついてないわけないよなぁと納得せざるを得ないもの。
盾の形に周りを縁取るのはイチイの葉。 中央には二つの短刀で、その中央には勿忘草を模した紫の宝石をはめ込まれている。
ロギイはため息をついた。
これの意味を解るものはかなり数少ないが、それとわかる高位貴族たちに対する『(いろんな意味で)国敵とみなす』いう警告だ。
「う~ん、まだ俺がやったうちの家紋のブローチだけつけるか、王家の紋章付けてた方が傍目に怖くないのになぁ。 わざわざチャームだけを付けるなんて……そういうことなんだろうなぁ。 やだやだ」
独り言ちながらクッキーを食べる。
「お、甘じょっぱくてうまいな。」
感心しながらぼりぼり食べていると、後ろから声がかかった。
「失礼いたします。 将軍、そろそろお集まりください、とのことです。」
「あぁ、そうか。 じゃあ行こうか。」
側近の者に声を掛けられ、まぁしかたないよなぁ、やれやれ、とため息をつきながらロギイは呼ばれた方に向かって踵を返した。
「どこにいるかな……あ、あそこだ!」
ロギイと別れ、本日の参加者の中でも庶民層に暮らす者達が集まるエリアできょろきょろとあたりを見ていたフィランは、あんまりの人の多さに辟易しながらも人込みをかいくぐってそっちの方に近づいていった。
「リディさん、ティンさん、アディさん。」
フィランは近くまで寄って声をかけた。
が。
「絶対にお前なんかに負けないからな!」
「俺だって負けない。」
「そんな風に言ってるが、所詮お前たちは跳ねるのが得意な小動物だろう? ゴールとやらで優勝カップを抱えている俺を見て、泣くんじゃねぇぞ。」
「「うるせぇ、クマ野郎っ!」」
背中の後ろのでっかい栗鼠尻尾に、お耳に生えた長くてチャーミングなお耳、それから可愛い熊のお耳がピコピコ、ふさふさ、わさわさしている三人。
このお祭り騒ぎの中で喧嘩ですか? うわ、注目あびてる。せっかく差し入れ持ってきたけど声かけたくない。
と、あからさまな顔をしてしまったフィランに、それを眺めていたモミの枝頭の青年が、慌てて手を振った。
「フィラン嬢、こっちこっち! ごめんね。 おい、こらお前ら、フィラン嬢が来てくれたぞ!」
「「「なにっ! 本当か!?」」」
一章の登場から随分とお久しぶり! フィランがこの世界で最初にお世話になり、お世話した4人組。
兎の獣人ティンさん、栗鼠獣人リディさん、モミの花樹人ラフイさん、クマの獣人アディさんである。
みんな、普段の職場の制服とは違う、とっても軽装であるが、例のトレーニングウェアではなく、ごく普通の運動しやすそうな普段着だ。 あの衣装は庶民には支給されなかったようである。
「往来で喧嘩するような人とのおつきあいは、兄さまからの指導により、お断りさせていただいています。」
「「「「わー! まってまって!」」」」
ペコっと頭を下げて踵を返したフィランを四人が慌てて引き留める。
「ごめんね、喧嘩してたんじゃないんだ!」
兎耳をぺしょっと倒しながら、手を合わせてごめんねする兎の獣人ティンの横では、ふさふさの大きな尻尾を下げてごめんねする栗鼠の獣人リディ。
熊の獣人アディは、大きな体をかわいそうなくらい縮めて謝っている。
「ごめんね、こんなお祭り今までなかったから、みんな張り切っちゃってるんだ。」
すこし困った顔でそういったラフイは、三人に頭を下げさせながら笑っているが、やや顔がひきつっているのは……大爆発した記憶があるのか……まぁ、気のせいだろう。
「もうっ! お祭りの時に喧嘩するのは駄目ですよ! これは、差し入れです。」
うんうん頷く四人に、仕方がないなぁと笑いながら差し入れのクッキーを手渡しながらあたりを見回す。
「一般の人も、獣人族とは分かれるんですね。」
「うん、そもそもの身体能力が違うからね。 今回は、人・鳥人・花樹人は一括り、獣人は単体で一括りにしてあるよ。 騎士団の方もそうなっているよ。」
「そうなんですね。」
「今回の大会にあたっては、初めての事ばかりだから最初にきちんと決めておこうということになって、このルール石できっちり決められて守られているよ。 もちろんポーションや付与魔法での肉体強化も禁止だし、アイテムの使用も禁止だ。」
感心するフィランにそうやって教えてくれるのは、大会運営の現地メンバーの腕章をしている花樹人のラフイで、腕章から下がる小さな黒い石を指さした。
「これがルール石ね。 大会運営メンバーと参加者全員が着用させられていて、随時チャックポイントで確認するんだよ。 不正があれば割れるから一目瞭然なんだ。」
「すごいですねぇ~」
「まぁ、一番すごいのはこんなこと言いだした君なんだけどね……。」
「それについてはちょっと意味が解りません……。」
ぐっと言葉を詰まらせたフィランに、笑う四人。
そう、この王都を巻き込んだお祭り騒ぎ、皇帝陛下即位100周年をお祝いするお祭りのメインイベントをひねり出せと言われて三徹目だったギルドの人の前で、「そういえばこういうのがあったなぁ」なんて、フィランが口走ったのが最初だったのだ。
まぁいつものパターンではあるが、やっぱりこの人たちの心にヒットして、あれよあれよと話は進み、いつの間にかメインイベントになっていた。
非常に頭が痛いが、お祭りだからいい事にしよう。
「まぁ、庶民層でのイベントに騎士団まで乗り込んでくるとは思わなかったけどね。 フィラン嬢はいろんなものを呼び込んで大きくしてくれるから、僕たちも面白いけどね!」
「大変遺憾……。」
それではまるで私がトラブルメーカーとか、お祭りホイホイではないか、と思いながらも、小さく唸った時、選手やスタッフ、それからお祭り用の飾りにつけられた魔石から音がした。
『えー! それでは時間になりましたので、選手以外の方は観覧エリアへの移動を、選手の方は出発地点までの移動をお願いします。 速やかに! お願いいたします! スタッフは速やかに配置場所へ移動してください! 繰り返します……』
「お、よばれたな。」
ぴく! と兎耳を立てたティンと他のメンバーは、誘導されて選手出発エリアへと向かっていく。
「がんばってくださいねー!」
「ありがとー! 頑張るからしっかり見ててねー!」
両手いっぱいでばいばーいを表現して、はいはい、とアディに連れていかれるラフイをみながら、フィランは手を振っておくりだし、待合場所へ向かった。
「おまたせしました~。」
「まってたわ、フィランちゃん!」
二階層第一区画、おしゃれな庶民層でもお高いらしいオープンカフェの二階のボックス席テラスについたフィランは、ベランダのテーブルについていたヒュパムに挨拶をした。
「ちゃんと渡せた?」
「はい!」
「ふふ、よかったわね。」
カフェの店員に椅子を引かれて座ったフィランは、ベランダの外を見る。
「わぁ! すごい、ここからスタート地点とゴール地点が全部見えるんですね。」
「そうよ~。 ほら、あそこにある魔法モニターで、出発後の様子も映し出されるらしいの。 すごい技術よねぇ!」
「中継まで再現したんだ……技術の無駄遣い……」
「ん? なにかいった?」
「いえ! こういうお祭り初めてなんですけど、すごいなぁって思って!」
まさかそれが自分の思い付きです、なんていうこともできず、フィランは変な笑い方をしながら言った。
「すごいわよねぇ、さすが皇帝陛下即位100周年のお祭りよね。今までとは規模が違うわね~。」
「ほんとうですねぇ。」
純粋に驚いていると思われたようでフィランがほっとしていると、中継魔法モニターに、一人の男性が写った。
『えー、みなさん、今日は良き日にこのような……』
「あらやだ、あれ、宰相閣下よ。」
「え!?」
宰相まで出てくるって、どんなイベントやねん……と悪態をつく事も、ため息をつくこともできず、フィランは笑顔が引きつるのを頑張って抑えながら、運ばれてきたお茶をのみ、お菓子をつまんだ。
『それでは! ルフォート・フォーマの栄光と繁栄を! そして我らが皇帝陛下にこの国の民皆の敬愛を最敬礼として……位置について~。 よ~い……』
パァァァンッ!
一斉に魔法の花火が上がり、色とりどりの魔法の花びらが舞い散る華やかな中、うをををををををぉぉぉっ!という唸り声と、参加者たちの渾身のスタートダッシュの地響きがお祭り騒ぎの二階層に広がった。
そう、この良き日、要塞国家ルフォート・フォーマ二階層において、皇帝陛下在位100周年記念、第一回マラソン大会が幕を切ったのである。
スタート地点にいるメンバーからあふれる闘気にあてられ、観覧席にいた庶民たちがバッタバッタと倒れたり、貴族様が優雅に高いところから見ている中、オープンエリアで酒を飲む庶民たちは誰が勝つかをかけ始めたりと、大盛況のうちにおわり、このお祭りは歴代最高収益をたたき出したのである。
結果、各国各地へこの話は広がり、友好各国が国の威信をかけて精鋭を送り込ませてほしいと言い始め、5年ごとのお祭りとして恒例行事になるのである。
「なぁこれ、オリン〇ックじゃないのか?」
「いやマラソンしかないんだから、ニューイ〇ーマ〇ソンや箱〇駅伝だろ?」
「懐かしいなぁ、前世で俺の親が観ててさぁ。俺は興味ないのに見せられてて辛かった~!」
「え!? 俺は超楽しみにみてたんだけど!」
第四回ルフォート・フォーマ大マラソン大会の草案をもって宰相の決裁をもらいに行っていた、今回の実行委員長となった文官は、決裁済みのハンコを見ながら同室の文官見習の青年と笑って話していた。
「まじで!? しかしまさか異世界転生先でマラソン大会やってると思わなかったなぁ。 俺、文官でよかったってマジで思った。」
「それな。 けどさあ、どうせ見るならマラソンだけじゃさみしくね? やっぱりオリンピ○クみたいに何競技かあったほうが盛り上がらねぇ?」
「……わかる! じゃあベースボールは外せないな。」
「それなんて天才!? 俺はカバディ世界選手権とかやってほしかったんだよなぁ、意味わかんねぇけど。 ……あ、それじゃあさ、もう競技場も作って競技増やすか……いいんじゃないか」
「え? おれ、バスケとかみたい!」
「よし、草案もってこい! 今からは間に合わなくても、第5回は競技を増やす!」
「よし! わかった! まかせとけ!」
こうして、どんどんこのお祭りに絡めたスポーツの祭典が4年に一度開催されるようになったのである。