閑話15-2) セディ兄さまを見返したい!(子ども扱いすんな、馬鹿!)中
「待て待て待て待て待て……待って、待ってーっ!」
空でまったりしているコタロウを呼び寄せながら、師匠から貰った杖を握りしめる。
フィラン、ただいまこめかみに青筋を浮かべながら歯を食いしばって全力疾走中。
後ろからは土煙を上げながら猛スピードで追いかけてくる人面豚鬼。多分5匹くらい。
「待てって言ってるのにーっ!」
必死に走るフィランは地球の体感速度で50m9秒65。
けして早い方ではないって言うか鈍足極まれりぃ!
「普通! 普通はこういうファンタジー系のRPGは! エンカウントしたらこっちの攻撃からじゃないの?! しかもコマンド入力時間は攻撃してこないんじゃないのーっ? なんで目と目が会った瞬間に襲いかかってくるのっ!? 卑怯者ーっ!」
誰か聞いてたら首を傾げるようなお言葉ですが、残念、周りに人は不在。
調子に乗って空大猫のコタロウで王都から結構離れたところまで来てしまったのは本当に彼女らしい。
向かう先はジャイアントダンデリオンの群生地だったわけだが、知識の泉がその近くに翡翠蝶の産まれる泉があるよって言ったからつい、つい足を伸ばしてしまったわけです。
人面豚鬼が発生してるなんてついぞ知らずに。
「今日、は! 木の精霊日、だ、から……えっと……」
大きく杖を振りかざす。
「エーンートっ! たーすけてー!」
精霊の宿る指輪のハマった腕輪が光り、木蔦をまとった姿で少年――木の精霊・エーンートが飛び出した。
『フィランのお馬鹿っ! 呼ぶのが遅いよぅ!』
手に絡まる木蔦がものすごいスピードで後ろを走る人面豚鬼を縛りあげていく。
ギーギャーキーキーと、耳障りな悲鳴をあげながら、木蔦にギリギリと縛り上げられている人面豚鬼にほっとして、人生最速の全力疾走から足を止めると、走りすぎて痛む脇腹を杖を持たない方の手で抑えた。
「だ、だって、いや、わた、しが逃げてる、んだ、から、出てきてくれ、てもいい、じゃん…」
ゼーハーゼーハー。
肩で息をしながら必死に反論する。
『こういったフィールドでの攻撃に、僕たちは理があって呼ばれるまでは出れないの、そもそも僕達は攻撃はしないものなの、ちゃんと教えたでしょう?』
「……へ?」
キョトンとしているフィラン、これは全然聞いていなかったって言う顔。
『とりあえずいいや、フィラン、スキルでちゃんと仕留めて。』
「え? 私?」
『そうだよ、フィランがやらないで誰がやるの? 僕たちじゃないよ。』
「そうなの?」
『そうなの。』
息も整い、人面豚鬼を締め上げているエーンートにやっつけちゃえー! とヤジを飛ばそうとしていたフィランは、そういう物なのか? と首をかしげてから、少し納得いかない顔をしながら杖を構えた。
「えっとぉ、『スキル展開――木魔法・食虫植物の檻』っ」
ばきばきばきっと締め上げられたオークの足元が隆起して割れ、地面から大きな花が飛び出す。
エーンートの木蔦を傷つけないように動くそれは、枝の先にある触手の生えた二枚貝に似た花を大きく広げると、バクンッ!と、人面豚鬼を飲み込んだ。
一方では、大きく開く二枚貝に似た花の中心部に、エーンートの木蔦が率先して人面豚鬼を放り込んでいく。
『わぁ、珍しい花だね、あれはなぁに?』
「えっとねぇ、前にいた世界に食虫直物って虫や動物を取って栄養にする植物があったんだけど、あれはその中でも一番有名なハエトリグサをイメージしたんだ。」
ちらりと見れば、ゆうにフィランの背丈の倍はあるような大きな植物としてそこに存在しているわけであるが……。
「あっちの世界の葉、手のひらサイズであんなに大きくないけどね……。」
あぁ、しかも、もぐもぐ咀嚼して、ごっくんした! 生々しい方に進化してる!
ハエトリグサ、そんな食べ方しない!
と、びっくりしているフィランをよそに、エーンートはものすごい興味津々でぐるぐると巨大ハエトリグサの周りをまわって見ていたが、うねうね動き、花の一つからペッと大きめの骨だけ吐き出したところで、これまでにないくらいに目を輝かせた。
『え~、おもしろい! あれ、そのまま生やしてていいか聞きたい~! ちょっと行ってくるね!』
しゅん、とそこから消えたエーンート。
「え? まって、それじゃあ私が新種のモンスター生み出したみたいになっちゃってない? あ、もういない!」
目の前ででっかいハエトリグサがお日様に向かって葉を広げてるのを見ていると、高い空の上にコタロウを見つける。
「あ! コタロウ! も~、飼い主のピンチには助けてよぉ!」
両手を広げて手を振ると、高い空の上でぐ~んと背伸びをして毛づくろいを始めている……猫はどの世界でものんきな生き物のようだ。
いや、主の横で生き生きと葉を広げ、触手を伸ばし、花から溶解液を滴らせているハエトリグサがただただ気持ち悪いだけなのかもしれないが。
「もうっ! コタロォ~!」
両手を振って一生懸命名前を叫ぶが、空の上で尻尾だけ振っている。
「気づいているでしょ! 耳が動いてるんだよぉ! コタロォ~! 降りてきて~!」
『フィランただいま~!』
消えた時と同じく唐突に表れたエーンートは、手を広げると大量の葉で巨大ハエトリグサを包み込み両手に収まるくらいの大きさの玉にした。
「エーンート、どうだった?」
『ドリアード様が見せて~って言ってたから持って行ってくるね。 それでね、僕の代わりにはシルフィードを呼んで連れて行ってね。 『ジャイアントダンデライオンの苗、いい加減にとりに行かないと出来損ないの花樹人にばれるわよ?』 ってアルムヘイムが怒ってたよ。』
「は! 忘れてた! ジャイアントダンデライオンの苗を採集に行くんだった!」
『うん、だから、早く行った方がいいよ』
これは僕が連れていくね、なんて言って消えたエーンートの代わりに飛び出してきたシルフィード。
『ここからは俺がついていくよ。 コタロウに風を付与するから一気に駆け抜けよう! ドリアード様からジャイアントダンデリオンの安全な群生地も聞いてきたからひとっ飛びだよ!』
ようやく降りてきたコタロウの背中にのると、目の前でニカッとシルフィードが笑った。
『さぁ、さっさと群生地に言って怒られよう』
「うん! ……え? 怒られ?」
『コタロウ、風に乗るよっ!』
その一声にコタロウは高く鳴き、とーん!と飛び上がって上空の風にのった。
「わっ! まって、まってー! 怒られるって何~?!」
『あはは、フィランの行動は筒抜けなんだよ~。』
楽しみだねぇ!
そういったシルフィードの横顔は、さすがの精霊、ものすごく楽しそうないたずらっ子の笑顔だった。