ルコ・ストレージア
私の名前はルコ・ストレージア。最近決まった名前ですが何というか響きが気にいっています。この何となくとかふわっとしたものはマスターの影響かと思いますが、それも最近では人間味があって面白いと感じられるようになりました。
さて、皆さまお気づきの方も多いと思われますが、そうです。
それ正解です。
かつて聞いたマスターは身を守りたいが一番だったと申し上げたかと思われますが、それを反映した結果私共は異空間を作ることに成功いたしました。外敵が多い場所に住んでおられたのでしょうね、私共を洞窟などに運んだあとはそこに形成された空間で亡くなるまで安心してお過ごしいただけたものと存じます。
これが皆様の呼ぶダンジョンというものなのでしょう。
マスターが亡くなった彼らは使命を全うしているはずなのですが、何せ私もそうだったように彼らには自我がない。マスターの遺志をそのまま固定して過ごしているに過ぎない。それを思えば私は幸せなのかもしれませんね。
自称異世界チートの喪女マスターですけれど。
そうそう、彼らと言えば私たちの劣化版もいるようですね。そっちの彼等、わかりやすく彼女らにしておきましょうか。彼女らは文字を書き込まれるということで命令を受け取って実行しているようです。文字の並びや形は通常使われている物とは違うようなので人間が彼女らに歩み寄った結果なのかもしれません。
ええ、そうですね。彼女らは魔道具と呼ばれることが多いみたいです。
そうです、魔法陣とか魔法言語と呼ばれるものです。
え、私も魔道具と呼ばれるのでしょうか。
・・・では口調を女性寄りにした方が?
ああ、彼女等と定義したのは私でしたね。失敬失敬。
さて、ご主人様に倣って独り言ムーブで気を紛らわしてみたのですが、私はこれからどうなるのでしょうか。本当に捨てられたとしても既に自我を得ているのでダンジョンになることはないかと思いますが、ご主人さマスターと違って魔力のある方に仕えるのは難しいかもしれませんね。
自意識の低いこれまでのマスター方ならば少しくらい魔力を吸っても気になさいませんでしたけれど、チカ様のように自身の魔力に敏感な方では私を手に取ってもらえないかもしれません。あの方の魔力とても品があってよろしかったのですが。
ああ、マスターが戻られたようですね。まったく、魔力を吸い出す彼女の中に放置していくとはどういう了見なのか、一度問い詰めないといけないかもしれませんね。まあ魔術言語を理解した私は、逆に彼女の溜めていた魔力をすべて吸い取ってしまいましたけれども。
褒めてくれてもいいのですよ。チカ様の中を覗かせていただいたときにこの世界のほとんどを理解したと言っても過言ではありませんから。何せあの方は・・・。失礼。女性の年齢のことを話すものではありませんね。
「な!朕の溜めていた魔力がなくなっておる!あれは朕の一日で回復する分の余剰魔力がここ3000年ほど溜めてあったのじゃぞ!」
あらら、チカ様。ご自分でおっしゃってしまうとは。でも、それを言うなら私などは一万年以上を魔力の吸引に努めておりましたけれどね。いただいた魔力は是非マスターのために使わせていただきます。
ええ、是非にマスターのために使わせていただきたいのですが。マスターはおられないのでしょうか。てっきりチカ様と一緒に居られると思っていたのに。ご主人様は魔力の代わりに電気というあまり見かけないものを所持しておられるので近くにいることはわかっているのですが。
ええ近くに居られますよ、少なくとも半径で一キロ以内にはおられます。
え、近くの定義が広範囲すぎると?
ああどうしましょう、早くマスターと接触して定義のすり合わせを再度行わなければ。
は!
思いついてしまいました。
ダンジョンの私たちが行っているように吸収した動物の形を再形成する機能が私にもついているのでした。これで体を形成してしまいましょう。そのためにはこの密閉された容器から抜け出さなければいけませんね。
鉱物キラーのカブトビートルがいいでしょう。どんな硬いものでも鋭く尖った頭角と胸角で挟んで刻んでしまう。マスターの前世でいうところのヘラクレスオオカブトに似た形をしていて色は青、というかコバルトブルーに赤い縁取りのオレンジのラインが入っている。
ああマスターの言うクマベアーの定義は採用されていません、普通に六本足です。いや、六本足だからある意味定義は採用されているのか。とにかくその形をとった私は彼女を傷付けないように容器を破壊して抜け出すことに成功しました。
・・・彼女は抱えていこうか。
驚いた顔のまま固まってしまったチカ様を置いて私はマスターのいる場所に向かった。向かったというか、すぐ表にいらっしゃいました。私はすぐさまマスターお気に入りの姿に形状を成形しなおして跪いた。その際せっかくなのでカブトビートルの姿は彼女に与えた。女性なので赤を好むだろうと色変えのサービス付きだ。
「え、ミルコ・・・。」
「いえ、マスターが紛らわしいからと名称を変更されたではないですか。あなたの忠実なる僕ルコ・ストレージアでございますよ。」
やはり動揺されておられるのかご主人様の友人であるミルコ様がこのような幼体であるわけが無いのに。もしや、私の優秀さと有用性に気付いて言葉を失うほど驚いておられるのだろうか。まあ少々抜けたところのあるマスターだから普通に間違えるかもしれませんが。
マスターが対人恐怖症なのを思い出した私は、お手を取ってマスターの記憶にあるバングルに形状を変更した。取り込んだことのない物でもあるものの形状を変更することが少しなら可能だ、特に金属はそれをしやすいし、合わせ目のない物だから二度と離れることは無いだろう。
『マスターおかえりなさいませ。』
外界に接触する手段を得たからだろうか、私は意識のあるマスターに意思を伝えることができるようになっていた。
「恐怖」という感情を得た云々のことはすっかり忘れた私なのでした。