アルス・スタンレード
「え?お金持ってないの。そうか、君の事情じゃそれもあるか。仕方がない僕が出しておくよ。」
ギルドに届けを出した後、クエスト失敗の違約金が払えなくて困っていたところにアルスが来てくれた。助かった、どうやら今日の宿と食事は彼に集れそうだ。
そんなことを考えていた時もありました。
「え、部屋が空いてない。できればシングルが二つ欲しいところだけど。え、ダブルもない。あー・・・・。君・・・・、名前聞いてなかったね。聞いてもいいかい。いやそれよりも今日の部屋だ、僕と一緒の部屋じゃ・・・・さすがにまずいよな。そうだ、ぼくが椅子で寝るから君がベッドで寝るかい。いや、同じ部屋だという前提が変わっていない・・・・。僕を信用してほしいけど、まだ出会ったばかりだし・・・。」
「い・・・・ぃ。」
え、いいの。と尻すぼみの言葉を肯定と受け入れたアルスは行動が早かった。食堂に連れられて山盛りの食事を取らされた後は、酒が入っていたこともあってシングルのベッドに同衾してしまっていた。
勿論寝られるわけが無い、彼氏いない歴がもう何年かすらわからないけれどそういう欲求がないわけじゃない。もんもんとして一夜を過ごすことになるのだろう。なにせ酒が入ったのはアルスだけなのだから。
そういえば魔物避けのポプリどっかで落としてきた、盗賊さんごめん。などとよそ事を考えているうちに寝てしまったのはご愛敬。朝になってアルコールが入っているときよりも真っ赤になったアルスには本当に気の毒なことをした。
「な、なんで下着を着けていないんだ。」
ちがった、寝相が悪くて一張羅のワンピがめくれていたらしい。下着って何日も履くの気持ち悪いよね、うん私悪くない。恥ずかしくないのかって?・・・恥ずかしいに決まっている、いつもの調子でごまかそうと思ったのに。
とにかく今日はアルス改めスケベスと街を出ることになった。準備?アルスもこの街に来たばかりだから出るのも簡単だって。それにしてはギルドで慣れていた気がするけれど、前にも来たことがあるのかもしれないしそういうことなのだろう。
あー、スケベスのこと?スルーしてくれてもいいのに。スルースキルはしょせいじゅ・・、はいどうでもいいですね。だってアルス一日中顔真っ赤だったんだよ、それって一日中思い出してたってことだよね。
とにかく!アルスの村まで二人旅に出ましたとさ!おしまい!
アルスに買ってもらった背嚢にたっぷりと下着を詰め込んで歩いているのだけれど、アルス歩くの早すぎ。女の子にもてない十戒だよ、覚えとけよ。耳を真っ赤にして顔を伏せながら戻ってくるけどさ、いやほんとこっちが恥ずかしいっての。並んで歩いたらそんなに気にならないのに・・・・。
「お・・なか、すいた。」
いつも饒舌なアルスがしゃべらないので調子がくるって話しかけてしまった。いやもう日が陰ってるのにずっと歩きっぱなしだよ。このペースなら街まで歩いたから慣れたけどさ、ご飯は食べないとでしょ。宿で朝食を食べたっきりだよ。
凄い勢いで何度も首肯したアルスはどこかに、というか道の先に走って行ってしまった。また凄い勢いで戻ってきて私の手をひっぱ・・・ろうとして、また赤くなって道の先を指さした。おそらくそこに休憩できそうな場所があるのだろう。
彼は手際よく乾物の調理を始めた。干し肉を浸透の魔法で戻し、パンをスライスして液体に付けるとフライパンで焼いた。戻した干し肉は香辛料とともにパンにはさまれて、戻したときの汁は乾燥野菜のスープになった。めちゃ美味しかった、アルスの女子力よ。
こちらを見るとやはり思い出してしまうのか、そっぽを向いて食事をする彼を少しだけかわいらしいと思ってしまった。いやいや、こいつはエロエロチャラ魔神だろ、危ない危ないもう少しで騙されるところだったわ。
今日の移動はここまでとなり寝床の準備を始めるのだが、テントがあるわけでなし厚手の外套を出して転がりやすい場所を探すだけだ。そうして自分の分はさっさと準備してしまったけれど、アルスは寝るつもりがないのか焚火の前から動かない。
「ね、ない・・・。」
「ああ、ごめん言ってなかったね。実は今日馬車の予約をしていたんだ。すっかり忘れてしまって迷惑をかけたからね、今日の見張りは僕一人でやるよ。」
いつもより言葉少なに返事をしたアルスはやはりこちらを向こうとはしなかった。ここまで徹底されるとこちらとしてもなんというかもやもやしてしまう。だからだろうかこのあと自分が言った言葉が信じられない。
しかしなんだと?!本来馬車で移動できたところをエロ寄りにトチ狂ったおバカさんのせいで私は歩かされたのか、ゆるすまじ。まあいい、それよりも今はこの気まずい状況を何とかしたい。
「み、みてるといい。寝たらわからない。」
伝わっただろうか、明日また同じようにされてはたまらないから、自分が寝ている間に慣れる練習をしてほしかったのだが。勿論顔のことだ、あれ?もしかしてこのままだと寝ている間に下着脱がされる?どうしよう。
そう考えていたのも1~2分だったのではないだろうか、思いのほか疲れていたようですぐに寝入ってしまっていた。
▷この日、私は夢を見た。
ミルコの夢だった。彼は貧民窟出身なのでファミリーネームはないのだけれど、夢の彼にはそれがあった。ミルコ・ストレージ、それが彼の名前だ。うん、これ間違いなくアイテムボックスの夢だな。
ミルコは私と別れた後、一緒に貧民窟から出てきた仲間たちと山賊を始めたらしい。出会った頃は幼いから置いていかれていたけれど、仲間たちは既にそれで生計を立てていたようだ。これが本当にミルコの過去なら、あの時の盗賊の中のミルコがいたのかもしれない。
とても悲しい夢だった。
彼の両親は私と同じく貴族の父親と手付の妾だったらしい。父親は伯爵、母親はお屋敷のメイドで無理に手篭にされたようだ。伯爵家のメイドなら本来下級貴族の令嬢が務めるものだから、最初からそのつもりで雇ったのかもしれない。
この世界の常識を理解できたのは夢だったからだろうか。
身ごもった母親は無一文で放逐されて、貧民窟にたどり着いた。実家はもうないらしい。これに関して件の貴族が関係していると噂もあったけれど、結局母親が亡くなる最後まで真相はつかめなかった。
貧民街の人たちもさすがに妊婦には手を出さなかったようで、かかわることはなかった。しかし好奇心旺盛な子供が彼女に近づくと、貴族の屋敷で働いたほど知識のあった彼女は子供たちの世話をするという名目のもと、教育を与えた。
対価は食事、妊婦に必要な栄養が賄えたかは生まれたミルコが証明している。よくしてくれた彼らに少しでもいい暮らしをしてもらおうと努力した彼女だが、全員山賊になったという皮肉には正直言葉もない。
始まりは年長者の善意だった。仲間にいいものを食べさせてやろうと貧民窟の元締めからの仕事を受けたのだ。内容は殺人、毒のついたナイフはかすらせることでも出来れば依頼完了だ。彼はそれを成し遂げ、無事に仲間のもとに帰ってきた。対価は魔物の肉、彼らには間違いなくごちそうだった。
暫くは問題がなかった、年長の彼はあれからも元締めの仕事を受けていたし対価も与えられていた。だからそう、問題がないと思い込まされていたのだ。人一人を殺してなにも問題がないはずがないのに。
年長の少年は見る見るうちに衰弱していった、自責の念に堪えられなくなったのだ。毎夜の夢に殺した相手が出てきたらしい。彼が殺した男は知り合いだった、貧民窟のまとめ役のような男で彼も世話になったことがあったのだ。
最年長の彼がダメになって次に動き出したのは、一番背の高い少年。もともと年齢なんて誰もわからないから、どう見ても年長者であった最初の少年がまとめ役を買っていたのだが、彼がダメになれば次はと心づもりがあったようだ。
二番目の彼はミルコの母から教わった知識で冒険者になることを決めた。体格のいい3人を共に連れて冒険者の登録をしたのだ。彼らは初めて入ったダンジョンから帰ってこなかった。
そうしているうちにミルコの母親も亡くなり、ミルコも本当の意味で彼らの仲間入りをした。みんなのリーダーになったミルコは、あの盗賊さんだった。
▷目が覚めた。
翌朝のアルスはやけにつやつやしてきた気がするけれど気にしないことにしよう、少なくとも私がいかくさいことはなかったのだから。いつもというか前の調子に戻ったアルスはやはりずっとしゃべり続けた。うっとおしい、あんなことを言うんじゃなかった。もう一度ショックが必要だろうか、しかしこんどは何処を見せればあの状態になるのか・・・。
いや、やっぱりあの状態は精神的によくないから今の方がましか。