7 初めての人里ごはん
ベンとノアが出会ってから数日。
やっと人里らしきものに到着することができた。
ここ数日でノアは「少し無口な少女」と言ってごまかせる程度には言葉が流暢になった。ついでに魔法の使い方もコツを掴んだらしくどえらい火柱を作り上げて度肝を抜かせてくれた。
ベンは火の魔法に適性があまりないため正直ちょっと羨ましい。火魔法って暖をとるのにいいよね。
そんなこんなでやってきた人里は、国境近く、つまり王都から遠いということもあって、ザ・田舎という印象だ。
あちらこちらに畑があり、自然の音に交じって家畜たちの鳴き声がする。のどかでとてもいい雰囲気だ。
ちなみにノアは今目立つ鋼の翼、ノア本体をたたんで収納し背中にピッタリくっつけている。上からベンが持っていたお古のローブを被せてやったのでパッと見はわからないはずだ。
ノアは初めて降り立った人里に興味津々といった具合だ。きょろきょろとせわしなく辺りを見回している。実は、里が見えてきた時点で質問攻めにあっていた。答えられるのは半分くらいといったところ。
実っている作物を見ただけで何とわかるほど、ベンは農業に精通していない。
「おや、お兄さんたち、こんな辺鄙なところでどうしたね」
村のメインストリートっぽいところに到達したところで、やっと人に出会えた。
温厚そうな老婆だ。
「実はちょっぴりわけありでね。今から冒険者登録をしたいんだけど、この村の窓口はどこか教えてもらえないか?」
「ふぉふぉふぉ。こんな辺鄙なところにくる旅人って時点で大体訳アリさね。
この村に危害を加えないなら大歓迎だよ。ようこそ、モルの村へ。
じゃあついといで」
言うが早いか老婆はしっかりとした足取りで歩き始めた。慌てて二人もそれについていく。
「あんたたちこの町で長居するつもりかい?」
「どうかな? 宿がいっぱいだとか依頼がなければ移る予定だ」
「ははは、こんな辺鄙なとこに宿なんざありゃしないよ。隣の国にいく連中は街道が整備されてる西のトレ村に行くしね」
一応この村でもギルド登録は受け付けているそうだが、買い取りはやってないらしい。依頼もないわけではないが、大半が農作業の手伝いだとか。
「なるほどなぁ。だとすると宿自体ないですか?」
「あぁ。だから全部アタシの家でやってくがいい」
「おばあさんの家?」
「ひっひっひ。ただのババアじゃないんだよ、一応村長なんぞしてるからねぇ。ま、暇な老人の道楽さ。
ついたよ、宿兼冒険者ギルド代行兼アタシの家さ」
話を聞くと、村の公的な機能の大半を村長の家で行っているらしい。ギルド代行もそのうちの一つ。ギルドからすれば依頼もない田舎に職員を派遣しなくてもよくなり、村はギルドから幾ばくかの代行業務に関する給金を受け取れるというシステムだ。
ここは自然豊かな村なので食いっぱぐれることはなさそうだが、田舎でかつ産業が追いついていない場所はこういう代行システムはありがたいんだろう。
「これがアタシの紹介状。ギルド職員がいるようなとこで提出すれば正式なギルド会員証が貰えるよ。
それで、あんたたちは狭くて悪いがそこの客間を使っておくれ。
部屋がベッドで埋まってるが寝るだけなら十分だろうさ」
「ありがとう。世話になる」
「ありがとうございます」
二人で頭を下げると、老婆の目元に皺が増えた。笑っているようだ。
「ただねぇ。さっきも言ったとおり代行なのもあって買い取りはできないのさ」
買い取りできない、という言葉にノアがシュンとする。
無表情なのは相変わらずなので、村長はそれに気付いていないようだが。
買い取りが出来なければお金が手に入らない。お金がなければ調味料を買うことも、調理道具を買うことも、美味しいご飯を食べることもできないのだ。人里にくればこの世界のご飯にありつけると思っていた彼女がショックを受けるのは仕方がないことだろう。
「いや、そういう事情なら仕方がない。
正規のギルドがないならそもそも現金を置いておくだけでも危ないだろう」
「理解が早くて助かるよ。村に現金がそもそもあんまり流通してなくてね。
何せ田舎なモノだから物々交換や助け合いでなんとかなっちまう」
「そうすると問題は…今夜の飯か?」
「ごはん、だいじ」
「アンタたち冒険者希望だろう?
なら、アタシが依頼を出そうか。依頼を達成させてくれれば実績にもなるよ」
「日帰りできる範疇なら。明日にはここをでようと思ってたからね」
「もちろんさ。
依頼内容は東の林の方で増えた野生動物の駆除。狼や熊、イノシシなんかだね。
そいつらを一匹でもいいから狩って、可食部位を持ってきて欲しい。まぁまるごと持ってきてもいいんだが熊なんかだと無理だろう?
報酬は今日の夜ご飯さ」
「やる」
「おお、いい返事だね嬢ちゃん。ついでにその辺りに生えてる野生のハーブや木の実なんか持ってきたら夕飯が豪華になるよ」
「頑張る」
フンス、とやる気になるノア。
この分だと狩りまくった挙げ句アイテムボックスにいれろと言われかねないな。そこだけは二人になったときに注意しておかないと。
「すごい彼女やる気満々になっちゃったから…何か適当な袋をかしてもらえないか?
汚れても平気で、丈夫そうな…まぁ狩ったものをポイポイいれられるようなやつ」
そう言うと村長は快く貸し出してくれた。
早速東の林へと向かう。
今まで歩いてきた道とそこまで変わりはない。鬱蒼として、自然が豊かだ。
「ごはん、でてこい」
やる気に満ちたノアのお陰で大物な熊を一体撃破した。冬眠の季節でもないし、エサを探していたようだが、ノアに襲いかかろうとしたのはかなり運が悪い熊だと思う。
その場で血抜きをしてまるごと持って帰る。
途中まではノアが持ち上げてくれていたが、村の人たちにノアのちょっとおかしい部分を見せるわけにはいかない。
仕方がないので二人で引きずっていくことにした。
そうすると、自然と目立つわけで。
「アンタたち、村長のばーさんのとこにいた人だろ? それしとめたのかい? すごいなぁ」
「村長さんからの依頼でね」
「ばんごはん」
こんな会話を何度か繰り返して村長のところに無事辿り着いた。
熊は引きずって歩いたため背中らへんに擦り傷ができてるかもしれないが、食用なら許容範囲内だろう。前側の毛皮は傷んでいないし、内臓も大丈夫なはずだ。熊の内臓は薬になるとどこかできいたことあるし、うまいことこの村に金が循環すればいいと思う。
「…アンタたち相当腕がいいんだねぇ。
どれ、腕によりをかけるからちょっと待ってな」
「料理する? 手伝う」
「俺も出来ることなら」
どちらかというと、ベンの手伝いはノアがぼろを出さないようにと言うフォローの意味合いが強かったりする。
毛皮を剥いだり、調理をしているとなんだかんだ村の衆が集まってきて宴会のようになってしまった。
人数が増えると、一人あたりに当たる肉の量が減る。と、考えたらしいノアが「もう一匹狩ってこよう」とせがむというトラブルはあったものの(ノアはおなかいっぱい食べていい、と宣言したことで事なきを得た)なんだかんだで、友好的に夕飯を終えることができた。
ノアも料理を教えてもらってそれなりに満足そうだ。
あいにくここの村での買い物は行商に頼るか、若い衆が大きな町に買い出しに行くかの二択らしく調理器具は買えなかった。だが、何を買えばいいのかがわかったらしく、ノアは上機嫌だ。
一晩泊めさせてもらうことになった部屋のベッドの上で、嬉しそうに足をパタパタさせている。
「料理、楽しみ。鍋や道具あれば、色々できる」
「俺は久々のベッドが嬉しいよ。ノアがつくってくれる木のベッドもいいんだが、連続だとおじさんの腰にはちょっと辛かったんでなぁ」
「了解。要改善」
「まぁ色々と、次の町着いてからだな」
そんな話をしながら、久しぶりの人間らしい寝床を満喫した。
閲覧ありがとうございます。
少しでも面白いなと感じていただけましたら、下にスクロールしたところにある評価欄から評価頂けると嬉しいです!
感想やブクマ、誤字脱字指摘も大歓迎しています。