5 寝過ごしおじさんと朝ご飯
「マジか…」
「マジ、だ」
小鳥のさえずりが聞こえ、辺りが眩しく照らされている。
どこからどう見ても朝だ。
「す、すまん! まさかこんなに熟睡するとは!
今から眠るか?」
「平気。警戒、休む、同時してた」
「そういうもんなのか?」
「そういうもん」
申し訳ないとは思いつつも、体の方はすこぶる良好だった。ただ、宿屋で寝ればすぐに全回復する10代勇者と同じ感覚にはなれないのだが。今までマイナスだった体力が、どうにかこうにか動き回れる程度、といったところか。
確認した感じ虫刺されもなく野営にしてはとても快適な朝だと言える。
「そうか。お陰様で体調もかなりいいみたいだ。ありがとう。
なんか礼をしたいんだがな」
「…なら、魔法、知りたい」
「あぁそういや寝る前にそんな話をしていたか。
…とりあえずそうだな」
水の精霊に感謝を込めて口の中でボソボソと詠唱を始める。
「不明物体、集合中…。
…!? 水が…」
ノアは魔素に関してかなり敏感なようだった。
何もない空間から水が現れたので、それを用意していた器にいれる。とりあえずこれで飲み水の完成だ。
「俺は魔法の中では水と土が得意なんだ。特に水は使い続けてたらかなり練度があがったな。おかげさまでこんな感じに飲み水に困らない」
「この世界は、それが普通?」
「普通…かな?
たまに魔法に全く適正のないやつもいるけど」
ノアの質問を肯定し、説明を加えていく。
この世界で言う魔法は、基本的に火水風土光闇の6種類からできている。
火魔法であれば小さな炎を、水魔法であれば今ベンがやって見せたように水を空間から出すことができる。
そして、大概の場合人間はいずれかの属性に適性を持っている。稀に全部の魔法に適性がないやつもいるけれど、それはそれでちょっと不便だな程度だ。逆に属性との相性が良すぎて魔法を制御できなくなり、制御するための腕輪をつけてるやつもいる。
「普通に暮らしていくだけなら、適度に使えるだけで十分なんだよなぁ」
「今、不明物体、集合。不明物体、水に変わる。あれ、魔素?」
「たぶんそういう認識でいいと思うぜ。
…悪いが俺は大気中の魔素までは感知できるタイプじゃないんだ。
昨日のホーンドボアくらいになればわかるけど」
「ホーンドボア、魔素、たくさん。魔物、魔素、たくさん?」
「そう言われてるな。
話の続きは歩きながらにしよう。飯探そうぜ
お前さんも美味しいものがいいんだろ…まぁ森の中にある美味しいもんっていったら野生の木の実か…川でも見つかれば焼き魚でも食えるかね」
昨日のホーンドボアの残りでもいいが、別のものも食べさせてやりたい。
「川、魚。わかった、探しに行く」
体力が回復した今なら、このくらいの高さ降りられる。
そう言おうとしたベンだが、問答無用でまたお姫様だっこをされてしまった。文句を言うよりも先にさっさと飛び降りられ、地面の上に降ろされる。
「…慣れてしまいそうな自分がこわい」
「?」
「いや、こっちの話。
火ぃ消したら行くか」
一晩中燃えて虫よけの役割を果たしてくれた焚火にめがけて水魔法を放つ。パシャと水がはじける音とともに焚火は鎮火した。
「不思議現象。解析」
「考え込んでもいいが、転ぶなよ」
彼女がそんなミスをするとはあまり思えないが、一応注意はしておく。向かうのはホーンドボアから逃げ回っている間に見かけた川だ。ただし、逃げ回っていたせいで方向感覚はちょっとあいまいだ。
なんとなくこっち、という程度。
彼女の語彙力を増やすためにも、歩いている間も独り言のように話す。
「この辺りは昨日も言った通りルートワード国とカザンガ同盟都市の国境付近、カルル樹海って呼ばれてるな。人があんまり来ない分、自然が結構残ってる。
美味しい飯が食いたいならどっちかの国に向かうべきなんだが…カザンガ同盟都市の方はあんまり詳しくないんだよな。
まぁどっちにしろ国境付近は田舎だから高級料理なんかは出てこないと思うが…郷土料理みたいなのを楽しむならそれもアリか?
ノアはどういうのが好きとかある?」
「…ない。
そもそも、ワタシたちの故郷、食べるは趣味」
「は? 趣味?」
驚いてノアを見ると、一度ゆっくり頷かれた。食べることが趣味ってどういう文化なんだ? とベンが疑問に思っていると、ノアが翼から何かの粒を取り出した。
「これ、食事の一部。これで栄養、一日全部」
「…は? この粒が?」
「たくさん食べる、太る。でも、栄養摂取効率、悪い。
この粒、栄養剤。効率いい。だから、食べるは趣味」
「はー…これ一粒で。便利だが味気なさそうだな。
それにこれじゃ腹は膨れないだろ」
「膨らます粒、ある。ワタシ、いらない」
「はぁ…そりゃまた便利なような…味気ないような」
確かに生命を維持するために必要最低限な栄養素があの粒で手軽に摂取できるのであれば、その方が労力がいらない。
腹が減らないようにする粒もあるらしいから、空腹でうなされることもない。
そうなってくると、食事よりも優先したいことがあるやつは食事をそれですませて別のことに没頭するだろう。それに、こういう便利な粒があるならば、偏食家であっても変に痩せたり太ったりしなくてすむ。頭の隅に、大変な偏食家の身内を思い出す。
(もしこれが、こちらでも流通するならば一も二もなくアイツに食わせるのにな)
でも、それはそれとして、食の楽しみがないというのはつまらないように思う。
ノアの住んでいた場所は食べることに勝る楽しみがいくつもあるということだろうか。
「味気ない。だから、美味しいが欲しい」
「なるほどなぁ。
っと、こっち方面であってたか。川あったぜ、あとは捕まえるだけなんだが…」
「魚! とる!」
「おお、やる気満々だな」
俄然やる気を出したノアを微笑ましく見る。どうやらあの鋼の翼、ノアの本体で漁をするつもりのようだ。
「とれたら塩焼きだな。それ以外の方法がないとも言うが。
人里に行けばソテーとか煮魚とかもあるんだろうけど」
「じゃあ行く」
翼は器用に魚を追い込んで捕まえていく。
その間、ベンは魚を串刺しにするのにちょうどいい枝探しだ。うかうかしているとノアの魚捕獲スピードが速すぎて追っつかなくなる。
「お前さんがもうちょい常識と言葉覚えたらにしよう…。
少なくともその翼を隠す方法考えねーとなぁ…」
「魚、とった。
翼、折りたたむ」
二人分にしてはちょっと多めの魚を捕獲してきたノアに苦笑しつつ、二人で下ごしらえをする。といっても、枝を突き刺したり焚火を作ってその周りに並べるだけだが。
「その翼折りたためるのか。それならあとはローブでも羽織れば完璧だな。
あとは語彙力か…。最初から考えればかなり滑らかに喋れるようになったし…朝飯食べたら人里目指してみるか?」
「それ、ワタシ嬉しい。でも、ベンは?
ベン、なぜここいた?」
痛いところを突かれてベンはちょっと黙ってしまう。
どこまで事情を明かすべきかと考えていると、ノアが話題を変えてくれた。この子は大分頭の回転がはやいらしい。いや、焼けた魚に気を取られただけかもしれないが。
「魚、焼けた。食べる」
「あぁ、そうだな。いただきます」
しばらく二人で焼けた魚を食べる。うまい。
新鮮な魚に塩をふって焼いただけの、素朴な料理。それでもアツアツなうちはとても美味しく、二人ではちょっと多いかという量を全て食べきってしまった。
「ごちそうさまでした」
「ゴチソウサマデシタ」
食後の挨拶をすると、ノアがそれを真似する。
言葉や文化を覚えようとしているのだろう。とても微笑ましい。そんな少女に何も言わないままでいるのも心苦しくて、ややボカしながらベンは話し出した。
「さっきの、なんでここに居たって質問なんだがな。
ちょっと、厄介なのに追いかけられてて逃げてきたんだ。
もう追いかけてこないんじゃないかっていうのと…ノアは強いから巻き込まれても無事だろう、と思った。
あと少しだけ、助けてくれるんじゃないかっていう打算もある」
「把握した。
ワタシ、ベン、守る。
その代わり、ベン、魔法、言葉、常識、教える。
取引」
「それでいいのか? 巻き込むかもしれないって言ってるのに…」
「ベン、悪い人なら倒す。それだけ。ワタシ強い」
「…たのもしいなぁ。
それじゃ対価に見合うようにできるだけのことは教えるよ」
ノアが満足そうに頷いたのを見て、ホッと息を吐く。
(ありがたいけど、どこまで巻き込んでいいのやら…)
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