4 少女のお話
「お前さん、一体何者なんだ?」
そう聞くと、ノアは困ったような雰囲気を醸し出した。
何かを話そうとして口を開き、もう一度口を結ぶ。視線もユラユラと落ち着かないように見えた。
「答えづらいか?」
そう聞くと、コクリと頷く。
それほどまでに答えにくい質問をしてしまったかと、他の聞き方を考えているとノアから予想外の言葉が飛び出た。
「言葉、たりない」
「ん? あぁ、そうか。
伝えるのに最適な言葉が今のところ考えつかないってことか?
んー…じゃあ現時点でなんとなくニュアンスだけでも教えてもらえないか?
今、ノアが俺に敵意を持っていないことはわかるんだ。それでも、お前さん強すぎなんだよ。下手したら軍隊も目じゃないんじゃないか?」
この世界で純粋に武力勝負をするとしたら、海の向こうの魔法国エステロールが一番強いだろう。噂レベルでしかないが、かの国の魔導士が本気を出したらこの大陸を吹き飛ばしかねないとかなんとか。それ故にエステロールは領土を広げず、小さな島国で魔法の研究のみをすると宣言し、どこの国に対しても中立を守っている。
魔法は大きな威力を出そうとするほど長い詠唱が必要になる。そのタメの間に魔法使いを叩け、というのが魔法使いを相手に喧嘩をするときの定説だ。
あのホーンドボアも、それなりの威力の魔法を使える魔法使いであれば一撃だろう。ただし、あのサイズを倒すには詠唱も長くなり、その間にあの巨体で突進されて骨ボキボキになるのがオチだ。
一方、ノアの攻撃は物理的なもの、だと思う。早すぎて見えなかったが。
魔法使いと喧嘩したとしても、ノアなら速さで勝るためほぼ確実に勝つことができる。
そんな武力を、彼女はどこで手に入れたのか。
「うん、勝てる。たぶん」
半ば冗談で言った「軍隊に勝てる」という言葉に、ノアは事も無げにうなずいた。一応たぶんとつけてはいるが、それにしても大した自信だ。おそらく冗談の類ではない。勝算があって頷いているはずだ。
「ワタシ、前の世界、壊してきた。
壊れきる前に、穴あけて、こっちにきた」
「前の…世界?」
世界とは、これまた大きく出られてしまった。
本当に世界を壊してきたのか、それとも語彙力が足りない故のスケールの大きさなのか。ともかくも、世界と言う単語を選ぶほどに大きな何かを壊す程度の武力を彼女は持っている、らしい。
にわかには信じがたいが、穴を空けてこちらに出てきたというのは自分の目で見た事実である。あの信じがたい光景を目にしてしまったため、嘘だとは断定しづらい。
「ワタシ、壊すために、ツクラレタ、エーアイ。
このカラダ、ノゾミ。ワタシ、ノゾミの願い、叶えたい」
「は? まってまって。
エーアイ? ノゾミ? 人物名か?」
唐突にわからない単語が出てきて戸惑う。名詞のような使い方をしている気がするが。
「エーアイはワタシ。ツクラレタ。
ノゾミはこのカラダ。ワタシはノゾミからカラダ、もらった」
「…お前さんは、ノアだよな? ノアで、エーアイ?
作られたって…ホムンクルスってことか?」
ホムンクルスというのは魔法で作られた生命体のことだ。魔法国エステロールならば実現も可能なのかもしれないが、現時点でそれが成功した事例は聞いたことがない。そもそも倫理的にどうなんだ、という話もあるし。
「…………そんな感じ」
「あ、お前さん今めんどくさくなったろ。
えーと…なんだ…ちょっと待ってくれ。整理する」
ノアから与えられた情報を整理する。
彼女の規格外さは「ホムンクルスです」と言われた方が納得できそうなくらいだ。否定したり訂正してこないということは、当たらずとも遠からずなのかもしれない。
そして、ノゾミ、とは…。
「もしかして、その女の子の部分がノゾミって子で、ノアの本体はその鋼の翼なのか?」
「最初はそう。今はノア。…のっとり?」
「言葉は悪いが寄生したみたいなもんか?
宿主がノゾミで、お前さんが体をもらった、と」
「ん、そう。世界、壊すために。自由に動く体、核、必要。それがノゾミ」
今ベンが対話しているのはノア。それは間違いないらしい。
そしてノアは人工的に作られた命。ホムンクルスと似たような存在で、本体は少女の方ではなく鋼の翼の方らしい。少女の体の方はノゾミという名前。
「話を総合すると…。
お前さん、ノアは、ノゾミというその体の持ち主の願いを叶えるために、むちゃくちゃな穴開けてきた、と。そんでそれがたまたま俺の目の前だったんだよな、たぶん」
「うん」
「んじゃ、そのノゾミの願いってなんだ?」
これはきちんと聞いておかねばならない。ノア自身は温厚に見えるが、叶えたい願いが破壊的なものであれば寝首をかいてでも止めなければ。
そんなベンの心を知ってか知らずか、ノアはおっとりと返事をした。
「美味しいもの、食べる。
きれいなもの、見る。
楽しいを、たくさん。
それが、ノゾミがワタシに託したこと。
ワタシの体は、ノゾミからもらったから、願い、叶える」
ノアは10歳前後の少女にしか見えない。そして、その部分はノゾミという少女のもの。生まれてから10年前後で、自分ではないものに体を明け渡さなければならなかった少女。その最期の願い。
それを、ノアは叶えたいという。
「…そう、か。なるほどな。
じゃあ、まずはきちんと言語と常識を覚えないとだな。多少カタコトでも一般人に紛れればいろんな場所にいけるさ。
そうすれば自ずと美味しいものも食べられるし、ノアの腕があればどんな危険な場所でも行ける」
色々と問題はあるが、ノアやノゾミの素性を聞いてしまうとなんとも言えない。
たった10年前後で命をあきらめなければならなかった少女と、その少女に寄生しないと生きられなかった生命。
世界を壊したなんて荒唐無稽なことも言っている分半信半疑ではあるが、それでも手助けができるならば、してやりたいとベンは考える。
「ん。だから、ベンと話す。色々教えてほしい。危険からはワタシが守る」
「おじさんとしてはちょっと情けない状況だが、まぁ腕が違いすぎるわな。
じゃあよろしくお願いしようかね。
おじさんはこう見えてちょっとは博識だからさ
…ただ、悪いが明日以降な。ちょっと寝かせてほしい」
「ん、おやすみ」
話し込んでいる間にすっかり日が暮れていた。夜空には星が瞬き、下を見れば登ってくる前に焚いた焚火が周囲からぽっかり浮いて見える。
「ワタシ、強い。たくさん寝ても平気」
「そうは言うが、強くても休まないと疲れるだろう?」
「…ちょっとだけ」
「最初に約束した通り、俺が自然に目を覚ましたら交代だ」
お姫様だっこまでされた身ではあるが、それでもまだ大人として譲れないラインはある。 いくら規格外に強くても、休む必要がない生物なんていないはずだ。
ベンが折れないとわかったらしいノアはしぶしぶ了承したようだ。
「とりあえず明日、夜が明けて動けるようになったらまた食料を探そう。
今は大体ルートワード国とカザンガ同盟都市の国境あたりだと思う。その辺も一緒に説明するよ。
じゃ、おやすみ。頼んだぜ」
「ん、頼まれた」
そんな会話をしてノアが作ってくれた木の寝床の上に寝転がった。
正直ベッドに比べれば固くて寝心地も悪いが、どんな魔物が来ても大丈夫だろうと思えるノアの傍であるというだけで安心感が違う。
これまで溜めてきた疲労もあり、ベンは転がってすぐ夢の世界へと旅立った。
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