3 少女とおじさんとお姫様抱っこ
「…アレ」
「アレって…あぁ、お前さんが見事に捌いたホーンドボアか…。
なるほど、もったいないから全部持って行きたいってことか?
肉はうまかったし、皮や牙は売れば金になるものな」
ノアの食べ方はかなり上品なものだったが、その量は結構なものだった。大の男であるベンが食べた量とそう変わらなかったはず。ノアの身長はベンの胸に届かない程度で、体つきもほっそりしている。あの量が何処に収納されたのか不思議なほどだ。
やはり、左肩から生える鋼の翼の能力を維持するためにたくさん食べる必要があるのだろうか。
「うん、モッタイナイ」
「うーん…だよなぁ。…ノア、これから見ることを他の人に内緒にできるか?
あ、内緒っていうのは…まぁ二人だけの秘密ってヤツだ。
誰にも話さないでくれ」
「ヒミツ、ナイショ」
彼女に口止めしたとして、どれだけ効果があるかはわからないが、それでも事前に言っておくにこしたことはない。コクコクと頷いてくれたのを見届けてから、腰に結わえていた袋をとりだす。
その袋の口部分を開いて、ノアが気にしていたホーンドボアの肉をひっつかんで、入れる。
袋の口の広さは、せいぜいベンの掌程度。大してホーンドボアの肉は部位事にわけられてはいるものの、両手でなんとか抱えられるくらいだ。
普通であれば入るわけがない。
が、ホーンドボアの肉はシュンと袋に吸い込まれた。
「っ!?」
「これはアイテムボックスっていうんだ。モノにもよるが、俺の持っているやつは…多分あのホーンドボアならそのまんま入れられるな。
収納しちまえば重さも変わらない優れもの。あと、内部は時間が止まってるみたいで今入れた生肉も腐らない。
反面、生き物は入れられないから罠にゃ使えねぇんだが…」
「アイテムボックス…! 魔法!?」
「あー…魔法…なのか?
言われてみりゃ不思議だな。俺らは『アイテムボックスとはそういうモン』って当たり前に認識してたから…」
「不思議、見る、したい」
「…あー…」
どうやらノアにとってアイテムボックスも見たことのない物体だったらしい。無表情なのは変わらないが興味津々といった感じでアイテムボックスを見ている。
まさかとは思うが仕組みが不思議すぎて袋破こうとしたりしないだろうな?
「見せてやってもいいが、壊すような行為は絶対にダメだ。これ結構貴重だからな。
だから、見せるのは俺の目の前だけ。
つーわけで、これ全部収納してさっさと移動しよう」
「ん!」
収納作業自体はすぐに終わる。袋の口と、収納したいモノが接触すればいいだけだ。
それで入れたものの重さはなくなるのだから、本当に便利だ。
部位ごとにキレイに捌かれたホーンドボアのもろもろを収納したところで、ベンの体が宙に浮いた。
「は?」
「移動する」
「え、ちょ、待って? ノアストップ!待て!!」
ベンが動揺するのも無理はない。
今、ベンは所謂お姫様抱っこの状態だ。少女の細い腕に自分の全体重がのっている。身長差もあり非常にアンバランス。ついでに言えば羞恥心が酷い。
「?」
「何か? みたいな顔しないでくれる!?
いや、確かに俺を運搬した方が速いのはわかるよ! おじさん今ヘトヘトだからね!
でもこれはちょっと恥ずかしいんですけど!?」
「…誰もいない」
「そうだね、誰も見てないのが不幸中の幸いだね!
ちくしょう、よろしくお願いします」
確かに誰も見ていない。そして、非常に合理的な移動手段だ。
わかる。わかりたくないけど、わかる。
しかしながらここで押し問答をしている時間もちょっと危ない。匂いに敏感な魔物や動物がここに現れないとも限らないのだ。
湧き上がる羞恥心に耐えながら、ベンはお姫様だっこを受け入れてノアに頭を下げた。
せめてその翼を手のようにして抱えて欲しいと思ったが、間近で見る翼は結構鋭利だったので諦めた。ノアもだからこそ自分の手でベンを抱えることにしたのだろう。
「…この辺り、良さそう」
「そう…か?」
ベンをお姫様だっこしたノアが走ること数分。いや十数分?羞恥心のせいでまともな感覚が働いていなかったが、そんなに長い時間だったとは思いたくない。
ノアが足を止めたのは、鬱蒼と生い茂る森の中だった。
ベンの感覚からすると、視界が悪く野営には向かないと思うのだが。
「ベン、待て」
「ここで待ってろってことか?
構わんが…魔物がきたら多分おじさん死んじゃうと思うんだけど」
「何かある、叫ぶ。
…一人、お話、する。言葉覚える、ちょうどいい」
「あーまぁ声が途切れたら異変があったって気づけるか。うん、まあいいけど」
ノアが何かをしている間、何か一人で話していろ、ということらしい。
いきなり言われても話題が浮かばないが、やるしかないだろう。
「ん。ワタシ、準備。ベン、話す」
そう言って彼女はトントン、と跳躍して木の上に登っていった。
「…脚力も物凄いのか。どんだけだ、キミは…」
軽やかに木登り、いやもうアレは登っていない、跳んでる。木跳び、をしているのを見届けてから、慌ててベンは話題を探す。
「えーとそうだな。何を話そう。
あ、この辺りの草は虫除けになりそうなヤツだな。すりつぶすと虫が嫌がる匂いが広がるんだ。野営で虫に刺されると結構しんどいからな。それだけじゃなく、虫刺されから体が腐ったみたいなこともあるらしいから気をつけた方がいい」
辺りを見回すと、ちょうど虫除けになる草を見つけたのでそれを摘む。お姫様だっこで休憩させて貰ったこともあり、体力の方は多少回復した。草を選んで摘む程度なら出来る。
その間に、ベンの声が本当に届いているのかと疑問になるような音が、周囲でしている。
メキメキ、だの、ミシミシ、だの。
音が気になって上を見れば、木々の間を飛び回りつつ、太めの枝を切り倒しているノアが見えた。
「…もしかして、木の上に寝る場所を作るつもりなのか?
この辺りの魔物が空を飛んだってのは聞いたことないし、それなら確かに安全かもしれん。
正直まともに寝てもいなかったから、ぐっすり寝られるのはありがたいな。
それにしてもすごいスピードだな。普通にやってたら日が暮れるだろうに…日没には余裕で間に合いそうだ…。
そうだ、寝床を木の上にするなら焚き火しても大丈夫かもしれないな。今摘んでいる草はすりつぶすのもいいが、燃やした方が広範囲に匂いが広がるんだ。
ただ、頭のいい魔物だと、この匂いのする方に寄ってきて危険でもあるんだ。ノアのお陰で遠慮なく燃やすことができるよ」
とりあえず、言葉を途切れさせないように思ったことを次々に口にする。
この他にもこの辺りの地理の話や魔物の話をしているうちに、ノアの方の準備が終わったようだ。
「お話、ありがとう。かなり、話せるようになった、と思う。
寝る場所、できた。運ぶね」
「運ぶ…そう、だね。おじさん木登り無謀だしね…オネガイシマス。
あ、その前に、虫除けの焚き火しておこう。話しながら準備はしてたんだ…ここに火をお願いできるか?
おじさん火魔法はあんまり得意じゃないんだわ…そうじゃなくても今はあんまり不得意な魔法は使えそうにないけどな」
「ん、わかった」
ベンが準備した場所に、ノアが点火する。
いい具合に火がついた。これでしばらくの間は虫に刺される心配はないだろう。
火の確認をして、ノアにまたお姫様抱っこをされて遠い目をしながら木の上に運んで貰う。
ノアが作った空間は急ごしらえとは思えないほどにしっかりしていた。今までは、魔物を警戒しながら浅い眠りを繰り返していた。それに比べればかなりちゃんと休息をとることができるだろう。
「ありがたいな、ちゃんと眠れそうだ」
「見張り、ワタシがする」
「いや、流石にそれは…。交代制にしよう。
俺も少し休めばなんとかなるはずだ」
「…ベン、無理だめ。ワタシまだまだ覚えたい。この世界、魔法、言語。
ベンが弱る、困る」
「情報源として大事ってか? まぁそうなんだろうけど…うーん、じゃあ俺が自然に目を覚ましたら交代でいいか?
自然に起きるってことはある程度回復してるってことだし」
「ん、わかった」
渋々、と言った感じだがノアは説得に応じてくれた。
「…それにしても寝るにゃちっとはやいか。
なぁ、ノア。お前さんの話を聞かせてくれないか?
お前さん一体何者なんだ?」
夕暮れに、彼女の黒髪が照らされる。紫がかった黒髪は、艶やかに夕日を反射していた。
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