2 おじさんと少女と魔物焼き
「あのな、ノア。ちょっと聞きたいことが…」
そりゃあもう山ほどある。と、話を切り出そうとしたところで、彼女の右手がベンの前に突き出された。
「ん? なんだ?」
先ほどの会話からわかるのは、彼女はこちらの言語をきちんと理解しているわけではないこと。いわば外国人だ。であれば、お互い意思疎通をするためにはどうするか。
答えは簡単。ジェスチャーだ。
では、今の彼女の動きはどういう意図があるか。
「…待て、か?」
「マテ。ベン、マテ
ん…」
どうやら正解だったようでノアが小さくうなずく。次いで彼女は先ほど倒したばかりの魔物、ホーンドボアを指差した。
「あの魔物がどうかしたのか?」
「ドウカシタ。
ベン、ヨワイ。魔物、食ベル」
「は!? いや、あれを一刀両断できるお前さんに比べりゃそりゃ俺は弱いかもしんねぇけど…」
あんな魔物、それなりのランクの奴がパーティ組んでやっと倒せるくらいだろう。ノアは簡単に一刀両断したが、あのホーンドボアはベンの身長の二倍以上ある。
どう考えても彼女が規格外なのだ。
「ん…チガウ。ヨワ…ヨワい、カラダ、ヨワイ」
「…俺が弱ってるって言いたいのか?
まぁそうだな。三日ほど飯食ってない上にあれから逃げ回ってたから…」
どうやら弱いではなく、弱ってる、と言いたかったらしい。
それならいいが、おじさんの心にはそれなりのダメージが来た。
だが、それよりも突っ込まなければならないことがある。
「って待て待て待て!
いくら腹ぺこだからって魔物は食べられないだろう!?
魔素がすごいし。ホーンドボアの場合、うまくさばいて魔素の核だの牙だのを町で売るくらいじゃないか?」
魔素は魔力の元であり、魔法を使う際に欠かせないものだ。
しかし、魔素を体内に入れるのはよろしくない。大昔、魔素の核を食べ続ければ魔力量が増大するのではと考えた人間がいたが、破裂したとかなんとか。少なくとも祖国では子供に言い聞かせられる教訓の一つだ。
「マソ……?? マソノカク? わからない。
ホーンドボア、イノシシ、毒、ない。
ワタシ、サバク。ベン、マテ」
待て、と言われてしまったので大人しく待つしかできない。
そもそも、今のベンは休憩しなければまともに動くことすらままならない状態だ。
ノアに敵意はないようだし、腕は立つ。大変情けないことではあるが、何かあれば彼女に助けを乞おう。
ふぅ、と大きく息を吐く。
(なんとか命を拾ったが、彼女はなんだ?
外国人? それにしては言葉を覚える速度が速すぎる。
あのサイズのホーンドボアを一刀両断できるのに、魔素がわからないという…本当に何者なんだ?
もう少し会話していれば、もっと言葉を覚えてキチンと説明してくれるだろうか?)
そんなことを考えている間に、ノアはサクサクと魔物を捌いていく。
左肩から生える翼が、まるで手のように動き手際よく皮を剥ぎ、骨や牙を外していった。
「いや、手際よすぎだろ…」
彼女の本体はほとんど動かないまま、綺麗に部位別に分けられた。
その中の一部、ホーンドボアの体の中心部から出てきた結晶、魔素の核を彼女は不思議そうに見つめている。
「そいつが魔素の核、だ。町で売るといい値段になる。武器や防具を強化できるからな」
「マソノカク。マソ。
周り、同じ物質、確認」
「お? 大気中の魔素を感じられるのか?
じゃあいい魔法使いの素養があるってことだ。魔素がわからなきゃ魔法使いはやってられないからな」
「魔素。未知。魔法も同じ。
でも、まずは、肉」
ノアは鋼の翼の一本に肉を突き刺し、もう一本から炎を出して炙りだした。
「うおっ!? お前炎の魔法使えるのか?」
「魔法、使える、ない」
フルフルと首をふるノア。
魔物の肉を炙りつつ、他の翼部分が器用に周辺の土を動きまわっている。
「そっちは何やっているんだ?」
「……ん」
質問をしたがうまく該当することばを見つけられなかったらしく困ったような表情になる。顔の筋肉はほとんど動いていないのだが、雰囲気でなんとなく見分けられた。
言葉で説明するよりも見せたほうが早いとばかりに、周辺の土を掘る。砕く。そして、何かをより分けているようだ。
「なんだ? 何かを仕分け? しているのか?
抽出?」
「ん、チュウシュツ」
「……ちょっと向こうの村の特産品は岩塩だっていうけど…もしかして、塩?」
より分けられた細かい粒は、集合すると白色に見えた。
そんなベンの予想通り、ノアはいい具合にあぶられた魔物の肉にそれを振りかける。いつのまにか辺りには肉の焼けるいい匂いが漂っていた。思わず腹がグゥと鳴く。
最後の仕上げとばかりに、その辺りの大き目の葉を切り落として、その上に肉をのせた。
これで一品完成、らしい。
「いやいやいやいや。
うまそうだけど魔物の肉は食えんだろ…食えないよな?
…魔素が回りすぎて中毒になるぞ?」
「魔素、仕分け、した。魔素、あれ」
「アレって…血だまり…。
まさか、魔素って血に含まれてるのか?
いやでも確かにめっちゃ集中すれば微かに感じる…気がする。でもごちゃごちゃ混ざっててわかりづらいな…よく感じ取ったなお前さん…っておい、食べてるーーー!?」
ベンが魔素について考えている間に、ノアはさっさと食事を始めていた。
ノアの小さな口にしっかりと焼けた肉が吸い込まれる。表情の変化は乏しいものの、わずかに口角があがっているような気がする。そして何より彼女の背景にデカデカと「おいしい」という文字が見える気がした。
「…一口、だけ」
出会ってからずっと、ほぼ無表情を貫いてきたノアの顔がわずかに顔をほころばせるほどの味。冷静に考えれば魔物に細かく砕いた土をかけたゲテモノだ。
それでも、三日間何も食べていなかった身には耐えがたい良い匂いがする。
彼女が口にしているのだから、速攻性のある毒じゃない。そう言い聞かせて、ベンは自分のめのまえに置かれた肉をほんの少しだけ齧ってみた。
「…っ!?」
空腹こそが最高の調味料というが、それだけでは説明がつかない旨さ。微かに魔素を感じるが、それすらもスパイスになっている。歯を立てれば程よい反発。更に力を籠めれば抵抗なく歯が入っていき、肉の味が口いっぱいに広がる。ただ単にふりかけただけの塩が肉の味を更に引き立てていた。
ほんの一口と考えていたのだが、いつのまにかガツガツとむさぼることしかできなくなっていた。
「うまい、うまい!
まさか魔物の肉がこんなに美味しいなんて!」
ガツガツと食べ始めるベンの横で、ノアが小さな口を一生懸命動かしている。
二人はしばらく無言で食事を楽しんだ。
「…すまない、疑ってしまって」
確かに空腹ではあったが、我を忘れるほどに食べるとは思っていなかった。
万一遅効性の毒や腹痛があとからきても後悔しないほどにうまかった。実際後から副作用がきたら死ぬほど後悔するとは思うけれど。
「美味しい、は、いいこと」
「すまない。そして本当にありがとう。
お礼をしたいのだが…どうしたものかな」
彼女にベンの常識が通じるとは思えない。一応金貨は持っているが、その使い方すらわからなさそうな雰囲気を感じる。
「お礼…」
「あぁ、俺に何かできることはあるか?
もちろんできることなんてたかがしれているんだが…」
「…はなす」
「ん?」
「ベン、はなす。ワタシ、言葉、わかる。たくさん、はなす」
「あぁ、なるほど。
言葉を理解するために、俺がたくさん話せばいいのかな?
それである程度理解できるって君すごいな…。
話すのは全然かまわないんだが…少し場所を変えないか?
かなりいい匂いが漂っているから、野生動物や魔物が寄ってくるかもしれない。申し訳ないが今の俺は足手まといもいいところなんだ」
「ん…わかった」
彼女は頷いて了承するも、チラチラと視線をさまよわせている。
何か気になることでもあるのだろうか。
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