もしもの話
少女は夜明けとともに目を覚ました。
今日は父が新しい母親を連れてくる日だ。
なんだかとても妙な夢を見ていた気がする。
なんだかヨーロッパ風の街並みやその中を馬車に乗っているのが最後の光景だったけれど。
「何なんだろう」
そう思ったが軽く頭を振って、夢の残滓を振り払った。
新しい母親を連れてくるといっても、初対面ではない。もともと少女の実母が交通事故で亡くなった後、家事手伝いにやってきた人だった。
同じように交通事故で家族を亡くしたという話を不意に聞いて以来。同病相憐れむからいつしか家族同然になり、本日正式に家族になることが決まったのだ。
ただ、ごく普通のひき逃げにあっただけの実母と違い新しい母親である女性の家族の失い方はすさまじいの一言だった。
家族がひき逃げにあったというだけで人生最大の修羅場をくぐったと思っていたけれど、詳しい話を聞いたときは絶対冗談だと思った。
元旦那が浮気して離婚したのだが、その愛人が逆恨みして、慰謝料で家から貯金からすべてむしり取ったからだそうだが、その娘さんを轢き殺したという。
さらに話はこれで終わらない。娘を轢き殺したその女は暴走の末パトカーに追い回される。血まみれの自動車が公道を走っていたらそりゃパトカーは追い回す。
その挙句運転を誤り民家の寄りにもよってプロパンガスのタンクに突っ込んだのだそうだ。
女は即死したが、民家も爆発炎上、その家に住む家族に死傷者が出た。
そのあと娘さんの葬式で、現れた元旦那はその場にいた親族すべてから袋叩き同然の目にあわされてたたき出され。その足で歩道橋の上からトラックに飛び込み自殺。
さらに、その愛人の親族に多額の慰謝料が請求され、一家心中未遂の末に子供が死んだとか。
あまりにも華々しすぎるが、ネットと図書館の新聞で調べたところすべて事実だった。
世の中にはここまで運の悪い人がいるのかと驚いたが、或いは悪運をまき散らす疫病神が。
父親いわく、人生のトラブルというトラブルをすべて終了した人だからこれからはきっと穏やかな人生が過ごせるに違いないとか。
しばらくベッドで転がっていたが、起きだすことにした。
朝食の支度は少女の仕事だ。実母が死んで以来その習慣だった。
と言ってもコーヒーとトースト、せいぜい目玉焼きとトマトサラダぐらいしか作らないけれど。
朝食の支度をしていると、彼女がやってきた。
朝早く届けを出してきたのだろう。
「今日はパン多めに用意したから」
彼女は切なそうな顔をしてトーストの乗った皿を見ていた。
「ねえ前に私がやってたゲーム。薔薇の言の葉、娘さんもやっていたんだよね」
「ええ、そうだけど」
「朝食を作っていたのも娘さんだった、ちょっと似てるかな」
「ちょっとだけね」
コーヒーをサーバーから注いで渡した。
「貴女もちょっとママに似てる、でも私のママは死んだママだけ、私はあなたの娘じゃない」
その言葉に胸を突かれた顔をした。
「お互いに別の人、そのことを前提に私達はこれから家族になる。それでいいよね、だって別の人なんだから、パパ」
父親は安堵した顔をした。
「もしかしたら、あちら側で、ママとその娘さんがあっているかもしれないね」
「かもしれない、そうだったら面白いね」
三人はそう言って笑った。
本編はこれにて終了です。番外編投稿予定ありです。




