申し訳ありません
図書館は教会に隣接する場所に建っていた。
贅沢にも広い中庭を持ち赤煉瓦に蔦が絡んだ年季の入った建物だった。
読書をするような女性はたいてい高収入な家に生まれたと決まっているので、内装も結構凝っていて掃除も行き届いている。
詩集を読むと言っていたが、神話関係もいいかもしれないと図書を物色する。
「アガサ男爵のお嬢さんではなくて?」
そう声をかけられた。どこかで見たようなふくよかな中年のご婦人だ。
もしかしたら、母の主催したお茶会で見たのかもしれない。
下級貴族である母が主催するお茶会は当然下級貴族しか来ない。ただ、パウンドケーキの販売の前倒しとして、お茶会のお茶うけにクッキーや薄く切ったパウンドケーキを出した。
薄く切ったのは別にケチったわけではない。たっぷりと干しブドウを混ぜ込んだパウンドケーキは厚く切ると味が濃すぎるのだ。
「はい、長女のアメリアですわ」
娘はアメリアしかいないので、長女もへったくれもないのだが、とりあえずそう答えておく。
「確かデビュタントに出ておいででしたわね」
「左様でございます」
「貴女はお茶会を主宰しないの?」
唐突な質問だ。
「ええ、私はまだ若輩ですし」
「そんなことないわよ」
にこにこにこと笑顔を浮かべて繰り返す。しかしアメリアの常識では十五歳はお茶会を開催するには若すぎる。
なんとなく察した。
要するにアガサ家でお茶会が開催されればただでパウンドケーキが食べられると期待しているわけだ。
パウンドケーキは高価だ。何せ原材料も結構高価なので、安く売るわけにはいかない。
さらに希少価値という付加価値がついてさらに値段が吊り上がっている。パウンドケーキでこんな値段請求されたらかつての自分ならきっと暴れると思うくらいの値段だ。
下級貴族にとっては少々懐の痛む値段なのは間違いない。
懐を痛めず、パウンドケーキを食べるにはと考えたのだろうが、当分アガサ男爵家ではお茶会を開催するわけにはいかない。
アメリアのドレス一式と装身具をそろえたため、懐が寒いのだ。
もう一人女の子がいれば、次に着せるのにと母親が愚痴っていた。
お茶会は顔つなぎの一種ではあるが当分無理だ。父親も二年といっていたので、半年以上は開催する気はないだろう。
しかし相手も粘る。パウンドケーキやクッキーが順調に販路に乗ってからは家でお茶会をすることは極端に減った。
一種の広告だったのだ。
そうしたアメリア側の都合を一切頓着せず、じりじりと相手は迫ってくる。
食い意地という人間の一番重要な本能に根差した要請ゆえ、相手にあきらめる気配がない。
さてどうしようかと悩んでいるが、どうしようもない。背後に控えているマリーは口をはさめない。
貴婦人との会話に使用人が口をはさむわけにはいかないのだ。
「申し訳ありませんが、私の連れです」
不意に聞こえてきた男性の声、ギクッとアメリアの肩が震えた。