停滞中
夜遅くに帰ってきた娘に、何故か父親は何も言わなかった。
送ってきたスティーブンの顔を何かものすごく言いたそうな顔をしていたが、そのまま黙りこくってスティーブンの顔を見ていた。
スティーブンが帰った後、ようやく口を開いたが、それはただ、早く休めとだけ、そして、いったん寝たら疲れていたのかアメリアは昼まで爆睡してしまった。
ようやく目が覚めた時、家には使用人と弟がいたが両親はいなかった。
「お父様はどうしたの」
寝間着を着替えながら尋ねると、王宮に向かったという。
仕事のある父親だけならいざ知らず、どうして母親まで王宮に行ったのだろう。
アメリアは首をかしげながら、軽食を用意させた。
アメリアが起床してから数時間後、キャロルがやってきた。
キャロルの両親も王宮に行ってしまったのだという。
「なんかあったみたいね」
勝手知ったる他人の家と、サクサクお菓子を要求しつつ。キャロルはそう呟く。
「昨夜のことが関係あるかしら」
「昨夜って、何があったの?」
アメリアはそのまま端的に説明した。
あまりにあっさり説明されてキャロルは頭を抱えている。
「あのさ、どう考えても関係ないはずないわ」
「まあ、そうかもしれない」
そこは否定しないでおいた。
「それで、いったいどうなるわけ?」
「殺し屋をユーフェミア様のところに届けたわけだし、その殺し屋からどれだけ情報を絞り出せるかでしょうね」
「自白の捏造くらいやるでしょうねえ」
この世界に人権という言葉は場合によって存在しない。
ある程度の身分がないと、そういうものを主張することすらできないのだ、なんとも世知辛いものだ。
「それにしても何者なのかしら、あのジョゼフとかいう男」
キャロルがいきなりむせた。
「どうかしたの」
「いえ、なんでも、多分気のせい」
残念ながら、この世界に電話はない、それどころか郵便すらない。使用人を伝令に仕立てるぐらいしかないが、多分当分連絡はつかないだろう。
「こういうときって、本当にまだるっこしいわねえ」
「仕方ないけどね」
緊急連絡用に、伝言板でも作ろうかとアメリアはこの冬、領地でやることとして考えてみた。
簡単な連絡方法を庶民だって持っていいはずだ。
そうキャロルに提案したら速攻で無理と言われた。
「だって、この国の一般庶民の識字率、日本と比較しちゃだめよ、日本みたいに江戸時代でも五十パーセント超えなんてふつうはあり得ないことなんだから。多分十パーセントどまりよ、貴族入れて」
下級貴族の領地には字を読み書きする人間自体が少ないのだからそんなもの作っても無駄だと言われた。
「そんなもんが実現するまでに百年くらいかかるんじゃないの」
文明化は遠いなと思いつつ、連絡を待つしかない。
状況は夕方わかった。
なんと王太子と王太子妃、並びにその一人息子が全員僧院に入ることになったという。




