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世知辛い

 金を差し出して命乞いをする無力な女。はた目にはそう見えたろう。

 だが、アメリアは相手のつま先を見ていた。つま先の先にある身体の位置をできる限り正確に測る。

 急所はどこだ。まず頭頂部。うまく当てられたらいいが、確実に動きを止めることはできるだろうか。しかしもし外したら、下手に怒らせただけに終わってしまったらどうしようもない。

 股間は確実に動けなくなるのは分かっているがこの体勢では狙いにくい。あとはわき腹だろうか。

 脇のあばらの上あたりに当てることができたらかなり動きを制限できるだろう。

 薄暗くて幸いだ。自分の視線に気づかれなくて済む。

 慎重に呼吸を殺す。一歩、一歩と近づいてくる相手のつま先に意識を集中した。

 ああ、ここで間合いに入る。

 頭、脇腹、股間どこだ。アメリアは一瞬で判断しなければならない。

 アメリアは渾身の一撃を頭頂部に叩き込んだ。

 腋を閉めた姿勢だったため、脇腹はあきらめたのだ。

 残念なことにアメリアが叩き込んだ財布は頭頂部を外れ、肩に当たった。

 それなりに衝撃があったのだろう。相手の身体はよろめいた。だがそれまでだった。

 終わった、相手を怒らせただけになった。

 すべてをあきらめて目を閉じた。できるだけ痛みを感じませんようにと祈りながら。

 そして何かがぶつかる重い音がした。


 身体をすくめた姿勢でしばらく固まっていたが、アメリアはいっこうに痛みを感じなかった。

 それに気が付いて目を恐る恐る開ける。

 二人の男がいた。一人が一人を抑え込む形で。

 助けが来たのだ。もしかしたら侯爵家の誰かかもしれないとアメリアは安堵の息を吐く。

「大丈夫ですか」

 聞きなれた声がした。

「スティーブン」

 アメリアは驚きで声が詰まった。どうして彼がこんなところにいるのだろう。

「ユーフェミア様に聞きました。私の婚約者をこんなことに使うとはね」

 スティーブンの声はどこかとげとげしい。

「ごめんなさい」

 思わずアメリアはしおれる。

「貴女を責めているわけではありません。男爵令嬢が公爵令嬢に逆らえるわけがない。そのあたりを乱用したユーフェミア様こそ責められるべきでしょう」

 スティーブンはそう言いながら苦笑した。

「もっとも私が彼女を責められるわけがない。しがない男爵家の息子ですから」

 アメリアは世知辛い思いをしみじみと味わっていた。

 本当に世知辛い。

 そしてアメリアは再び財布を手に取った。

 今度はしっかり押さえこまれている。だから外しようがない。

 アメリアはしっかり狙いを定め、財布を頭頂部に叩き落した。

「未来の妻として、これくらいのお手伝いはしますよ」

 そういってにっこり笑う。男はぐんなりと地面に伸びていた。これで殺してしまったとしてもこちらも殺されかけたのだ、正当防衛というものだ。

 アメリアはあっさりとそう割り切った。

「あちらに公爵家の人がいます。大丈夫、まだ息はありますね」

 殺してしまってはまずいのだが、婚約者を殺そうとした相手の命をそれほど大事にする必要はないと判断したのだろう。

 最低限の確認だけして、スティーブンは遅れてきた相手に男の身柄を引き渡した。

 

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