最後の賭け
そのままいわれるがまま歩いていたが、ふと気が付く、ここはどこだ。
とにかくこのまま逃亡しなければならないが、夜の街を歩いていくのはちょっと無謀だ。
一応いいところのお嬢さんなのだ。そして、太陽が沈んだ後、たとえ首都でも日が暮れれば一気に治安が悪化する。
かといって適当なところに潜んで夜が明けるのを待つのもどうかと思われた。
アメリアは周辺を見回す。
馬車で連れて来られたのでこの場所がどこか見当もつかない。だから昼間でもここから家にもどることはできないかもしれない。
いや、確か私のこと見張ってる人がいたよね、送って行ってくれないかな。
そう思って探すが一向に見当たらない。
ジョゼフの姿も見えない。いったいどうすればいい。それにうかつに助けを求めることすらできない。下手を打って捕まったら目も当てられない。
どうしよう。最初の手はずは全く役に立たなくなっている以上これからは自分で考えなければならないが。
とにかくわかる場所を考える。確実にそこからなら帰ることができる場所。
神殿。あるいは王宮。そこにたどり着けば帰る道は何とかわかる。だがそこが家より近いとは限らない。
「そんなところで何をしているの」
そう声をかけられて肩をびくつかせた。
そこには先ほどアメリアを連れてきた女がいた。
「だって、変な男の人たちがいきなり暴れだして、怖くて」
とっさに泣きまねをしてしのぐ。この女はたぶん味方ではない、しかしアメリアがそう思っていることを気取られることは避けたほうがいい。
「ええ、本当にどうなっているのかしら」
途方に暮れたような声だ。しかし途方にくれたいのはアメリアのほうだ。
「よくわからないけれど、何かとんでもないことが起こったのではないかしら」
「起こったのではないかしらじゃないわ、起こったのよ」
アメリアを馬鹿にするような声音だが、むしろ今は侮られたほうがいい。
さて、これからどうしようか。
とにかく計画通りにいかなくても手ぶらというわけにはいかない。
一歩進む。その時アメリアの髪一筋が断ち切られた。
そして背後に何か固いものが落ちる硬質な音がした。
恐る恐る振り返ってみると。少し離れた場所に短剣が落ちていた。
投げナイフという奴だろうか。そんなことを現実逃避気味に考えた。
なんで、よりによって誰もいない時に現れるの暗殺者。
投げナイフなら射程距離はそれほどないはずだ。この近くにいる。
アメリアはとっさに財布をつかんだ。
一メートルほどの長さのひもがついている。もしナイフで刺しに来たらこれで反撃できるといいなあと思って。
闇の中、そっと人影が現れる。並外れた長身でもなければ、驚くほど小柄でもない。どこにでもいそうな中肉中背。
目立つ体形ではいろいろやりにくいのだろうなとアメリアは思った。
しかし、アメリアの体格は通常の女性の中でもちょっと貧弱だ。
つまり普通体形の男性に勝てるはずはない。相手の油断を誘ったとしても一撃で決めきれなければそれでおしまいだ。
どうしてこう、次から次へと。
そう思いながら懐に手をやった。
恐る恐る財布を差し出すようなしぐさをして見せた。命乞いに見えるように。
ええい、ままよっとばかりにアメリアは大きく足を踏み出した。




