追憶
目を開ける。視界に広がるのは四畳半の子供部屋ではなく八畳ほどの洋間。
お菓子の模様がプリントされたカーテンではなくベージュ色のリネンのカーテンから朝の光が差し込んでくる。
アメリアはかつての記憶、かつて大好きだったゲームが心の底から大嫌いになった日の。
もし、あのゲームが好きな状態で生まれ変わっていたら、攻略対象への気持ちはどうなっていたんだろうとふと思った。
もちろん攻略対象をゲットしてもろくなことにならないという気持ちは今も変わらないけれど。
だとすればあの出来事に感謝するべきだろうか。
そういえば最後にあの突っ込んできた自動車、あの女の乗っていた自動車に似ていたような気がする。
かつて母親だった人は貯金から家から根こそぎむしり取って離婚した。貯金をうばったのみならず、かつての少女の養育費を月々むしり取る書類も作ったという。
あの時笑い飛ばしてくれたから吹っ切れた。そう母だった人は言った。
あの後、どうなったのだろう。
一人娘だったし、あの後出産できる年齢でもなかった。
家を売り飛ばし、小さなマンションに引っ越して、これはあんたの将来のためのお金、そう言って通帳を見せてくれた。慰謝料はすべてそこに入っていたようだ。
あの男とよりを戻すはずもないし、一人きりになってしまった彼女に対してはたまに涙がこぼれる。
過ぎたことだ、そっと涙を拭いた。
「どうなさいました、お嬢様」
マリーが着替えを一そろい持って入ってきた。
今日は王宮に向かう用事はない。家でお茶を飲んでゆっくり過ごすことにする。
「そうね、図書館にお昼過ぎに行くことにするわ、詩集でも借りてきましょう」
「わかりました、御者に伝えておきます」
ドレスはかさばるので一人で着るのは少し難しい。
ビクトリア時代さながらの生活は赤子の頃から過ごしているといっても戸惑うことはいまだにある。
娯楽もほとんどない。手作業か読書くらいだ。
社交界デビューしたらほかの気晴らし、観劇やパーティなどもあるそうなのだが、パーティはデビュタントパーティで何となく仕事のようだと思った。
情報収集、後は顔つなぎ、取引、貴族社会の潤滑油なんだろう。
基本的にパーティに顔を出すのは独身女性がほとんど、既婚女性はあまり顔を出さない。
嫁に行ったら主婦業に精を出せということだろう。
この世界は女性の権利というものが極めて希薄だ。特に貴族の女性は父親か夫の庇護の下でしか生きられない。
このまま独身を拗らせたら、父亡き後は弟の世話になるしかない。それは避けたいところだ。
まあ社交が楽しすぎてうっかり婚期を逃してしまう残念な女性も存在するらしいが、そうした女性は修道院か、さもなければ適当な親戚に片づけられるかの二者択一。
すでにアメリアは二年と期限を切られている。なるたけ早めに婚約者を捕まえたい。
嫁入り前の娘は社交界デビューした後は一人では出歩くことができない。常にだれか女性の付添人がいる。
貴族というのはいろいろ人を雇わなければならない仕事なんだなと今は思う。