最善の努力。
キャロルがデレインに手紙を出したのは、ブリジットの負傷が伝えられたすぐ後だった。
デレインは困惑の表情で手紙をもてあそんでいた。
どうやら王太子妃に命を狙われている、身辺に気をつけろ、すでに攻撃を受けた者もいる。事情を知らなければ、相手の正気を疑うしかないような内容だ。
デレインとしてはすでに安全な檻に逃げ込んだつもりでいたので、キャロルの手紙の内容が頭に入ってこなかった。
もともと頭は良くない。前世でも今生でも馬鹿で親族に振り回される一生だとつくづく思う。
それでも同じヒロインのよしみで、キャロルやアメリアがそれなりに知恵を貸したり相談に乗ったりしてくれたので何とかやっていけそうだと安心していたのに。
キャロルの手紙はデレインの理解をはるかに超えていた。
しかし、どんなに考えてもデレインに取れる手段は適当に仮病でも使って極力寝室に閉じこもり出ないようにするしかなかった。
キャロルの手紙にも身辺に気をつけろとしか書いてなかったが、多分そうしろという意味だろうと判断した。
あえてけがをするというのも考えたがやめた。足をくじけば寝室に閉じこもっても不審には思われまいが、いざという時逃げられないと困る。
「どうしました?」
義理の娘になるビビアンが心配そうにデレインを覗き込んでいた。
「なんでもないわ、お友達の知り合いが事故で大怪我したそうで、ちょっと心配だって言ってたの」
「そうですの、最近物騒ですわね」
義家族のほうが、実家族より円満だ。それを思うとちょっと悲しくなるがデレインは、仮病のやり方を思い出そうとした。
昔学校をさぼるときにはどうやっていただろうか。
体温計はこの世界にはないので、お湯で温めて偽装するというのは使えない。優しい家族を心配させるのは申し訳ないが、ある意味家族を危険に巻き込まないためだ。
キャロルは手紙を送ってからため息をついた。
キャロルとアメリアは保護してもらえるが、デレインはちょっと無理だ。それに説明が難しい。
それを考えると、自衛してもらうしかない。とにかく極力家から出るなと伝えた。
やれやれだ。
キャロルは再びため息をついた。仮婚約者様からの情報待ちだが、それもはかばかしくない。
だが、もし彼が侯爵家を継ぐことになったら身分違いを理由に婚約破棄してもらうつもりだ。
玉の輿イコール幸せとは限らない、そしていらない気苦労をしょい込むことは確実だ。
「やれやれだ」
自分が乙女ゲームの世界に迷い込んでしまったのがなぜなのかわからないが、どう考えてもあのタイミングで死んだせいだと思う。
だとすればあのはた迷惑な女に死んでからも迷惑をかけられていることになる。
まったく腹立たしい限りだ。
「どうせ、妻子を捨てて若い女に走るような男、ろくでもないに決まってる」
どのような形にしろその女の不幸を祈っておく。
「さて、さっさと失脚してもらいましょうか」
攻撃は最大の防御。
手に入る限りの王太子妃の周囲にいる貴族たちの調書。それを使ってじわじわと力をそぎ落とす。もちろんエクストラが。
キャロルはその手助けをするだけだ。決して目立たず陰に隠れて。
キャロルのできること。それは帳簿確認。簿記技能と市場調査の合わせ技で隠しておきたいことの裏の裏まで暴き立てて地獄へ行ってもらいましょう。




