つかの間の憩い
アメリアとスティーブンがいつも通り、王宮の庭園の喫茶所でお茶をしていた。
すでに季節は夏、春の花はすでに去り、夏の花が咲き誇っている。
春の花はどこか淡い。夏の花はくっきりとした色合いのものが多く。鮮烈に目を射る。
「夏が来たら、次は秋ですね」
当たり前のことをスティーブンは言った。
当たり前の毎日は、失われて久しい気がアメリアにはした。
『薔薇の言の葉』の世界に紛れ込んだと知った以前のごく普通の毎日はデビュタントした日に失われてしまった。
「秋が来たら、領地に戻りますよね」
秋が来たらアメリアとその家族は全員領地のマナーハウスに戻る。領地のマナーハウスには専用の使用人もいるので、料理人と執事の夫婦が王都の家を守り、それ以外の使用人には冬季休暇を与えることになっている。
それぞれ実家に戻る、あるいは冬のみの契約をしている家に雇われるなどの予定があるので、アメリアが王都に残ることは不可能だ。
秋が来れば、家具に埃除けの布をかけたり、旅先の荷物を詰めたりと忙しくなる。
そうなれば、この婚約者殿ともしばらくお別れだ。
キャロルは隣の領地なので、雪が深くならないうちなら遊びに来るかもしれない。
そんなことを一瞬のうちに考えて、それから慌ててその考えを打ち払った。
結局それは秋まで生き延びられればの話なのだ。
「そういえば、羊の毛が特産品なんですよね、少し分けていただけます?あなたがいない間の無聊を慰めるために何か作ろうかと思いまして」
そう言うと、スティーブンは笑う。
「私がいないと寂しいですか?」
「ええ」
常にとは言わないが、定期的に会っている人間にそれなりの期間会えないとなると寂しいと思う。
「それでは少し待っていただけますか私のいない無聊を慰めるものを取り寄せるには少々時間がかかりますから」
常に丁重な物腰の婚約者にアメリアは笑いかける。似たようなやり取りをしているカップルは周囲にあふれていて、暑い季節をさらに熱くしている。
婚活に勝利した同胞たちの姿にアメリアは感慨深く頷く。
だが彼ら彼女らとは違いアメリアとスティーブンにとってはこれはつかの間の幸せなのだ。
「そういえば、キャロルのところも決まったらしいのだけど、お祝いは何がいいかしら」
「後に残る記念品などがいいのでは」
後に残るものはいろいろ難しい。造形が微妙なものや、あと、やたらと壊れやすいものも要注意だ。壊れてしまうといろいろ気まずい。
前世の自分は後に残らない食べ物とか石鹸などの消耗品を送っていたが、こちらにはこちらの常識があるので、郷に従おうと思う。
「じゃあ、次は、何か選びに行きませんか」
次のデートの約束をサクサク取り付ける。
そしてアメリアは用意された紅茶を飲みほした。随分と話し込んでいたので、紅茶はすっかり冷めていた。
久しぶりにゆっくりできたが、これから忙しくなるし、危険も増えてくるだろう。
すでに状況のいくらかはスティーブンも知っている。それでも逃げない彼には感謝しかない。
「私、貴方のこと、尊敬していると思うの」
そういうとスティーブンは驚いたような顔をしてアメリアを見た。
そろそろデートはお開き、言い逃げのような形でアメリアは彼のそばから離れた。