魔手
ゾディークはいらいらと爪を噛んでいた。
豪奢な自分の私室で、ただ一人、ぜいたくなビロード張りの椅子に座っていてもゾディークの心は晴れなかった。
よりによって息子がアメリアにヒロインに接触してしまったのだ。
息子をヒロインの毒牙にかけるわけにはいかない。
秘密裏に暗殺者を送ったが、あっさり失敗した。
こんなところでヒロイン補正があるというのかと神を呪った。
自分はあの時の分も幸せになるはずなのに、幸せになれないまま終わるなんてありえない。
最初は上手くいっていた、ヒロインのセリフは覚えていた。だからそれに合わせて役者を送り込み王子達を骨抜きにすることに成功した。
このままいけば即婚約破棄。もともと婚約者の家の後ろ盾があってこその二人だ、婚約破棄さえしてしまえばいくらでも追い落とせる。
そのはずだったのに。
ゾディークの落ち度は、本物ではなく役者を使ったことだった。
本物が拒んでしまえばどうしようもない。
それに本物達は王子なんかいらなかった。
いりもしない王子達を押し付けられた本物達は逃げるために王子をその婚約者にあっさりと売り払った。
売り払われた王子達は婚約者の実家に弱みを握られ、その手綱を強められてしまった。
結局より強固に婚約者の実家にからめとられた王子達は依然としてゾディークの愛する息子の障害なままだ。
そして息子は何も知らずにヒロインを、アメリアを欲しがっている。
だがそんなことはさせない。
そう、ヒロインを利用しようなどとそんなことを考えた自分が馬鹿だったのだ。ヒロインは災いを振りまく、消してしまうしかない。
そう考えて、刺客を用意したのに。
あっさりと失敗。それも複数の令嬢がいたためどれが標的か確認もせずに矢を放ったらしい。
これで相手は警戒する。まったく何をしてもうまくいかない。
どうしてだろう、私は前世の分まで幸せにならなきゃいけないのに。幸せになれるはずなのに。
ゾディークは爪を噛むのをやめた。
爪に傷がついているといろいろと人に見られて困る。
着け爪を用意しなければならない。奇麗な手、傷一つ無い手は貴婦人の誇りだ。高貴な身分であることのあかし。爪を傷つけるなど貴婦人にあるまじきことだ。
「そうよ、私はこの国の最高位の貴婦人なの」
この先も、そうあり続けるの。
それは心の中でだけで止めておいた。
園遊会で見たアメリアの姿を思い出す。相手も自分に気づいていると分かった。
今度は大丈夫、必ず仕留める。
アメリアだけじゃない。アメリア、ブリジット、キャロル、デレイン、すべてを始末する。そうすればゾディークの地位は安泰だ。それを揺るがすヒロインはいなくなるのだから。
かつてゲームでアメリアを使ってゾディークを追い詰めた記憶がよみがえる。
そんなことはさせない。必ず潰す。
ブリジットは、ワンダと今日も睨み合っていた。それぞれが一歩も引かない戦いを戦っている。
そしてこれは背水の陣。引くべき場所はお互いないと分かっている。
双方互いしかその目に映っていなかった。だから死角からやってきた脅威に気づくのが遅れた。
いきなり頭上の樹の大枝が折れ、ブリジットの頭を直撃した。
そのまま血を流してブリジットは倒れ伏した。
「汚い手を、あ……あらかじめ……罠を張っていたのね」
切れ切れの言葉に意味が分からずワンダは茫然としてそのままへたり込んだ。