袋小路からの脱出
だくだくと冷や汗が流れるのを感じた。
そろそろ暑さ対策をしなければならない時期だが、それどころじゃないくらい汗が流れている。
キャロルはパクパクと口を開閉した。
「破談にするつもりじゃないの?」
ジョゼフは面白そうにキャロルの顔を見た。
「最初は早合点していたのですがね、どうやら王太子妃殿下の動きが面白くなってね」
「どういうことよ」
王太子妃と聞いてキャロルは思わず椅子から立ち上がった。
絶対ろくなことじゃない。
「どうやら暗殺者を雇ったらしい」
もしお茶を口に含んでいたら絶対吹いた自信があると妙なことを考えてしまった。
状況はいつの間にかさらに悪化しているらしい。
ゾディークが狙っているのが王子様コンビならまだいい。どうせ浮気男ども、生きようが死のうが勝手にしろと思う。
いっそ全員相打ちで死んでくれればもう少し遠縁の例えば王の甥とかそのあたりのまともな王族が後を継いでくれないだろうかと、そのほうが世のため人のためこの国のためなんじゃないだろうかと真剣に考えてしまった。
しかし、その対象が自分かアメリアだったとしたら避けようがない。
普通一般的な男爵令嬢が暗殺されるなんてまずない。そのため男爵家で暗殺対策などあるはずもなく。
いっそ領地に戻っていてもと思うが、毎年行き帰りする程度の領地への交通費など、王太子妃なら屁でもないだろう。
領地は人の出入りが少ないのでよそ者はすぐにわかるが、だからと言ってその行動を制限できるわけではない。
本気で逃げるなら領地の山小屋にでも隠れているしかないが、そこまでのサバイバル能力は持ち合わせていない。
やばい、詰んだ。
立ち上がった姿勢のままずるずると頽れた。
手のひらをついたとき妙にきれいな芝生だなとそんなことが頭をよぎる。
わあ、小さなことにまで手入れが行き届いているんだなと。これを現実逃避という。
「おい、大丈夫か」
そう声をかけられて我に返る。
「まあ、そんなわけで、適当に婚約していたほうがよくないか? 公爵家の親戚の婚約者なら、もしもの時は公爵家から苦情が出るはずだ」
死後、苦情を出してもらってもどうしようもないと答えようと思ったがそれはあえて言わなかった。
「それじゃ、質問」
キャロルはテーブルにすがりながら椅子に戻る。
「その情報、どこから手に入れたの?」
「まあ、いろいろさ、実は公爵閣下に王太子近辺を探る役割を仰せつかっている」
そこまで聞いてキャロルは忙しく頭を働かせた。
このまま後手後手に回る必要はない。こうなったら婚約者になって、ついでに情報源にもなってもらおう。
そこまで考えるとキャロルは一瞬表情を消した。そしてにっこりと笑う。
「そうね、状況に流されるのも時には必要よね」
芝居であることは見え見えで、それを隠そうともしないキャロルにジョゼフはあきれるのと同時に別の興味を持った。
もしかしたらただの小娘ではないのかもしれない。




