思惑
「おや、またお会いしましたね」
そう男は声をかけてきた。
マジか、思わずキャロルは頭を抱えた。目の前にいるのはジョゼフだった。平穏無事に生きていきたい。そんな平凡な望みがどうしてこんなに困難なのか。
顔から血の気が引いたキャロルはこの世の終わりのような顔で、すすめられた椅子に座った。
上等なお茶の香りがした。
そして花の香り。目を閉じているだけでも心地よい場所。そんな場所で打ちひしがれている自分がどこか滑稽な気がした。
「ではお二人だけでお話をどうぞ」
そんなことを執事が言った。お見合いの定番のセリフだ。
二人だけになった。周囲は庭園で誰かが潜むような場所はない。だから人の姿が見えなければ誰もいないのだ。
「とりあえず、腹を割って話しましょうか」
アメリアといるとき、妙な男に絡まれた、その時都合よく駆けつけてきたのは確実に偶然じゃないだろう。
つまりこの男もこっそり二人を覗いていたのだろう。それがどこかわからないが。
キャロルは軽く目を細めた。できるだけ厳しい表情を心掛けたつもりだが、年季の入っていない小娘である。どこまで効果があるかどうか。
そんなキャロルを男は面白そうな顔をして見ていた。
「お嬢さんが困った立場に置かれているのは分かっているし、お嬢さんを厄介払いしたいとエクストラ女王様が思っていることも分かっているかな」
「私を厄介払い?」
「さっさと結婚させて殿下のそばから離したいのだろう」
キャロルはその勘違いに思わず笑ってしまう。
「今更私をそばに置きたいと思わないと思うけどね」
その思惑を鼻で笑いながらそう続ける。
「だって、もらったラブレターをそのまま証拠品として目の前でエクストラ様に渡したのよ」
その証拠品によってしっかり首に鎖をつけられた。
もはやエクストラに逆らえない。
「女王様ね、確かにヘンリー殿下が即位したとしても、すでに支配下に置いているエクストラ様が実際の女王でしょうね」
キャロルはそう言ってうんうんと何度も首を縦に振る。
「まあ、そうなったとしても自業自得なんで、迷惑かけられた私が気にすることじゃないですよね。私としては二人には遠くで幸せになってほしいだけなんですが」
キャロルは一連の流れから相手が自分と結婚する気がないらしいとみて少しだけ気分が上向きになる。
父親には悪いが、相手が悪すぎる。
この世界身分違いは悲劇しか生まないのだよとアメリアの受け売りを心の中でだけ呟く。
「それで、これから私たちどうなるのかしら」
言いたいことはさっさと言わせてあげようと親切なキャロルの申し出をジョゼフは沈黙で答えた。
「?」
キャロルが首をかしげる。別に破談で結構だときちんと言ってあげるべきだろうか。
「君はどうしたいんだ?」
「私は平穏に生きたい以上の野心は持っていませんが」
「なんだか僕の思っていたのと違って見えてきた」
風向きが不穏になってきた。
「それでどうしたいと?」
キャロルのこめかみがひきつる。
「このまま流れに身を任せてみたいと」
思わず叫んだ。
「冗談じゃない!!」
ジョゼフはにんまりと笑って見せた。




