新たな出会い
意を決したように二人に近づいてくる男は、不意ににたりと笑った。
その笑顔に二人は背筋を凍らせた。
しかし二人は必死に笑みを張り付けて、男を見なかったふりをしてキャロルは絵に没頭し、アメリアは絵を眺めているふりを続けた。
これは相手をしたら負けだと思ったのだ。
その男はいきなりアメリアの肩をつかんだ。
これにはアメリアもあきれた、一言もなく初対面の女性の体に触れるなど無礼極まりない。社交界の中では許されない振る舞いだ。
「私のお友達から手を放していただける?」
キャロルがアメリアの手を引いて男から引きはがそうとした。
しかし男は手を緩めない。
「何か?」
アメリアとキャロルは笑みを消した。この男に笑いかけていると思われてはかなわない。
「名前を名乗りましょうか」
男は図々しくアメリアの手を引こうとしたが振り払った。
「聞くつもりはありませんわ、知り合いになるつもりはないのですから」
「貴女はスティーブンに騙されています、あいつは昔から自分に利のある結婚相手を探していたんだ」
「そうですか」
そのあたりは最初から分かっていた。最低条件を付けてそれなりのできればそれより少し上の相手を探すのがこの国の婚活だ。アメリアとて、家のためになってそれでまあ好意を持てる相手と結婚するつもりだったのでそれは合意が成立している。
「あの、つまりスティーブンはやめておけと言いたいのかしら」
キャロルがそう言って首をかしげる。
アメリアの家族も承知している婚約に異を唱えられるわけがない。
「あの、あなたのお話は聞くつもりがないので、あちらに行ってもらえませんか」
男はさらにアメリアに詰め寄ろうとしたがアメリアは後ろに下がる。あいにく後ろは噴水だ。少し場所を間違えたかと歯噛みする。
「ちゃんと調べたんだ、貴女は何故だか知らないが王太子妃とつながりがあるのでしょう。だからスティーブンは自分だけいい思いをしようとして」
アメリアとキャロルの目が細められた。
「あら、私王太子妃様は庭園で見かけたことがあるだけよ」
「嘘をつくな、ちゃんと確認したんだ、アガサ男爵家の調査票が王太子妃様に定期的に届けられているって、そして王太孫様が貴女に思し召しが」
とっさにアメリアは手にしたハンカチを振り下ろそうとした。
それを慌ててキャロルが止める。
さすがに今はまずい、決定的なことをされてからでないと石をつめたハンカチで殴り倒すには罪が浅すぎる。
「もしかして、貴方馬鹿なの?」
キャロルがそう呟いて見せた。
「人が見つけたものを横取りして楽しようなんてむしろ余計な苦労をしょい込むだけでしょうに、いるのよね、手を抜いて余計に面倒なことになる人って」
相手の顔が引きつった。
ああ図星か、とキャロルはひたすらあきれた。
「おい、お前仕事をさぼって何しているんだ」
一人の男性が詰め寄ってきた。
紅茶色の髪をした背の高い、見目形もよい男性だが、この辺りでは見目形のいい男性というものは飽和状態なのであまりありがたみがない。
その男性の顔を見たときキャロルは焦った。
攻略対象だ。それも隠しキャラで、悪役令嬢抜きの。
出てくるのにいろいろ偶然要素があるのでユーザーの中でも知る人ぞ知る相手であり、唯一攻略対象でまともかもしれない相手だった。




