新たな出会い
貴族には当然のことながら、いろいろと王宮儀式などに出席しなければならない義務もある。
独身貴族女性はイベントの花とならなければならないのだ。
アメリアは父親と一緒に王宮内で適当なところをたむろしていた。
スティーブンは本日は仕事なので、今日会う理由もない。
父親は本日は宮廷内の儀式進行の仕事についている。アメリアは何となくそばで見ているだけだ。
父親の知り合いばかりが集まる中でアメリアは壁の花に徹していた。
いや、ちょっといたたまれない。何しろ父親の同僚たちは最近アメリアの婚約を知っている。娘を嫁に出す父親にめでたいながらも寂しい気持ちとやらを語り合ってくれたのだ。
そういうことは自分のいないところでやってくれ、頼むから目の前でやるなと苦言を呈したいのだが、さすがに若輩の身で口を出すことはできない。
そんなわけでアメリアだけが気まずい時間が流れていた。
そこに、キャロルを伴ったカーマイン男爵が現れた。同じく花として宮廷を彩る仕事をしていたキャロルはアメリアと合流してちょっと庭園に行くことにしたらしい。
「お父様ちょっと庭園にいますから、噴水の近くに」
そう言えばすぐに許可が立た。アメリアとしても異存はない。
二人は連れ立って、庭園の噴水に近づいた。
貴婦人は荷物を持たないものだが、キャロルはしっかりと大きな鞄を持っている。
鞄から画材道具一式を取り出して、噴水とその周辺の風景をスケッチし始めた。
今日はラフスケッチのみらしい。
シャカシャカ木炭で紙に風景を書き込んでいくのをアメリアは横眼で眺めつつ訊いた。
「絵って前からやってたの?」
「まあね、若気の至りでちょっと痛い絵もね」
アメリアはそのあたりはスルーしてあげることにした。
「絵を描くってそれで身を立てるわけじゃないでしょう」
「当たり前でしょ、貴族女性の嗜みの教養ってやつよ、前にやってたから楽できるかなとも思ったけど」
正直な発言だったが、そこは聞かないふりをした。
アメリアとしても聞いてどういうことでもない。
キャロルの絵は上手い部類には入るのだが、プロになるにはちょっと足りないぐらいだろうか。
アメリアとてそこまで審美眼があるわけではないが。
「あれ?」
アメリアはふと視界の中に動かないものがあるのに気付いた。
噴水の周りでは誰もが通り過ぎるだけだ。だが一人だけじっと動かない人影がある。
木の陰からこちらを伺っているようにも見えた。
瞬時にアメリアは緊張する。しかし気づいたことに気づかれてはならない。
アメリアはキャロルの絵を覗き込むようにして、そっとキャロルに囁きかけた。
「あの、木の陰にいる男わかる」
キャンバスに隠れて、その方向を小さく指さして見せた。
キャロルは怪訝そうにキャンバスから離れ、指を立てて構図を見るポーズをとってみながら周囲に視線を巡らせた。
アメリアの言っていた男はすぐに分かった。
木の陰からピッタリ身を寄せてこちらを伺っている。ポーズはともかく格好は怪しくなかった。あまり身分の高くない貴族、爵位は子爵家より下であっても上はない。
そして容姿も悪くない。きれいな金髪を撫でつけて整った顔立ちをしている。
そしてそういう怪しげな行動をとる人間に対して、今は警戒心を二人は強めていた。
もしかして私に申し込みたいのかなどとお花畑な想像など薬にもしたくないくらい。
「どうする?」
「今は無視しよう、もし行動を起こしたら、とりあえず女でも二人いるからいつでも反撃に移れるように」
アメリアはこっくりと頷いた。噴水の周りの土の上にはいい感じに小石が落ちている。アメリアはわざとハンカチを落とし、ハンカチを拾うふりをして小石をいくつか拾い上げた。
ハンカチに小石を包めば即席のブラックジャックができる。




