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お父様と内緒話

 結局デビュタントではめぼしいものは見つからなかった。しかしアメリアはめげたりはしなかった。

 まだ初日だ、大体最初の年で相手を見つける者のほうが珍しいのだ。

 王宮の社交場は情報収集の場所でもある。これから適当なお茶会や、ミニパーティなどに出席してめぼしい相手を探すのだ。

 真珠のイヤリングはともかく一度しか着ないドレスに結構なお金を使うものだ。

 普段着のクリーム色の部屋着に着替えて、トルソーにかけられたドレスを見る。

 そして、アメリアは王宮内で着るように用意されたドレスを見た。スチルで見た通りの、青いドレス。

 ブリジットは黄色、キャロルは赤、デレインが緑のドレスを着ていた。

 キャラがわかりやすいようにとドレスの色が被らないようにという配慮だろう。

 キャロルとワンダのドレスが被りそうだが、キャロルはひらひらとしたデザインで、ワンダは体にぴったりしたデザインと住み分けていた。

 アメリアはふっとため息をついた。

 黄色や赤のドレスを見るたびにギクッとしそうな自分に気が付く。

「お嬢様、旦那様がお呼びです」

 母親やアメリアにつく侍女など雇えないので、被服メイドのマリーがその役割を兼任していた。

 キッチンメイドと掃除メイドは定期的に入れ替わるのでアメリアは名前を憶えていない。

 母に言わせると、キッチンメイドと掃除メイドは大体なりたてがなるものだ。そういうメイドは格安で雇える。一年たたないうちに紹介状とともに首にして、またなりたてを雇えばだいぶ節約になる。

 母曰く、将来のためこういう節約の知恵を覚えておくことに越したことはない。

「お父様はいったい何のお話?」

「あの、お菓子の事業についてでは」

「あら、プリンを商業ルートに乗せるのかしら」

「やめてくださいお嬢様、あんな贅沢な食べ物みだりに口にしたら神様に怒られます」

 玉子と牛乳砂糖だけで作る食べ物なんて贅沢極まりないものらしい。

 プリンなんてチープなお菓子なんだけどな、と思ったが口にしない。

 この世界には夏に氷を作るような科学技術も魔法もない。生鮮食品はそれだけで贅沢品なのだ。

 そんな世界でプリンを商業ルートに乗せるのはただの夢物語だ。日持ちするクッキーとパウンドケーキだからこそだ。

「お父様、御用と聞きまして」

「ああ、アメリア、実はな製菓事業のことなんだが、技術を売却しようと思う」

「あら、こちらでは製作所をたたみますの?」

「それも考えているところだ」

「お父様、ラードをバターの代わりに使うのはどうでしょうか」

 アメリアの言葉に父親は不思議そうな顔をする。

 ラードは安い炒め物か、さもなければ石鹸の材料にするものだ。それを菓子に使うとはどういうことなのかと。

 しかしアメリアは中華菓子にラードを使うことを知っていた。中華菓子に使えるならパウンドケーキやクッキーに使って悪いはずがない。

「お父様、確かにラードには独特のにおいがあるから製菓には向かないと思われるでしょう、ですが私気が付いたんです。バラ肉の煮込みに浮いてきた脂にはにおいがないって、だから背脂をお湯で煮て上澄みをとればお菓子作りに使えるラードが作れますわ」

「お前は、台所に出入りしているのか?」

「それは今更でしょう、それにマナーハウスではすることがなくて退屈なんですもの」

 冬の間、薪を節約するために田舎の領地に帰る貴族は多い。むろん雪深い田舎ですることがあるはずもなく、女性はひたすら刺繍やレース編みなどの手芸で暇をつぶすが、それにすら飽きたら使用人のすることを観察するというのも暇つぶしの一つではある。

「高価なバターを使う方法を教えて、こちらで代用のラードを使ったお菓子を作って売ればいいのですわ、バターを使わない分値下げできますし、純利益は変わりませんわ」

「なるほど、考えてみよう、それと、我々親族で食べる分は、今まで通りに作ってもいいという話でな。それとこちらの仕事にもいろいろ口をきいてくれるそうだ」

「産業スパイ対策も大変になってきましたしね、この辺が潮時でしょう」

 アメリアは父親の宮廷内の派閥問題が噛んでいるなと当たりをつけていた。

「お前、二年の猶予を上げるよ。二年以内に適当な婿を捕まえられなかったら、親族の男と結婚して、事業を引き継ぐことにしないか?」

「それも考えておきますわ」

 堅実なこの父親がアメリアは大好きだった。アメリアになる前の少女の父親は生きているうちからその少女の父親をやめてしまったから。



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