生きる知恵
アメリアは新作のケーキの試食をしていた。
少々乾きやすいが、そこをアイシングで補うことにした。
粉砂糖などないため石うすで擦りつぶさねばならなかったが、その手間をかけた甲斐があった。
一週間以上経っているのにしっとりとした口当たりが残っている。
アイシングの糖分で思いっきり甘いが、そこは合わせるお茶を渋く淹れることで折り合いをつけた。
「アイシングにも香りをつけてみるべきかしら」
領地でとれる柑橘類が浮かんだ。それにアイシングにつける香りといったらレモンと相場が決まっている。
「お父様、どうかしら」
父親は甘いお菓子を食べながら渋い顔をしている。
「この砂糖の分の予算をどこから持ってくるか、それが問題だ」
日持ちはいい、これは最重要課題だ、後は予算についてだ。
以前のマジパンよりはましだが、輸入物のナッツ類をあんなにふんだんに使うとなれば予算オーバーになってしまったのだ。ナッツ類を粉末にする手間暇と合わせても値段設定に折り合いがつかなかったため残念ながら没にしたのだ。
「確かに顧客は裕福だが、それでも限度があるからな」
アメリアはそれに頷いた。
商売のことは全くわからないので、父親がそういうのならそういうものなんだろうと思っておく。
「それに増産にも限度がある。領内で玉子や乳製品が高騰したら本末転倒だ」
あくまで、余った分で作っている。そう言われてアメリアとしても納得せざるを得ない。
いくら儲かるからといって領内の人間の生活を荒らしてはならない。領地を円満に運営するのも領主の手腕なのだ。
「キャロルのところと提携はうまくいきそうですか?」
隣の領地だが、あまり行き来はなかった。娘同士が友達になったためお付き合いが始まったが、仕事の提携は今始まったばかりだ。
これからすり合わせが始まるところだ、できれば将来のためいい結果を出してもらいたいものなのだが。
「お嬢様、あの、本店のほうにお嬢様に会わせろと言ってきた客がいるそうなのですが」
店の売り子をしているメイドがマリーの後ろに立っていた。
「はい、あの、お嬢様に会わせろとものすごい剣幕で」
「そのお客は女性、それとも男性?」
「女性です、そのものすごい赤毛の女性でした」
どうやらブリジットが来たようだ。
「わかったわ、マリー、私ちょっと店のほうに行ってみるわ」
「お嬢様、心当たりがおありですか?」
マリーがそう訊ねた。アメリアは軽く肩をすくめた。
「スティーブンのお友達の親しい女性なの」
店の中ではブリジットが待っていた。
「あら、買い物はしなかったの?」
「冗談じゃないわ、どうしてパウンドケーキがこんなに高いのよ」
「あちらとは違うのよ、冷蔵庫もないし、だから乳製品や玉子って高級品なの、それを加工したケーキだって高くて当然よ」
ブリジットを見ながらアメリアは奥にと誘う。
「とりあえず、忠告しておかなきゃって思ったの」
ブリジットにお茶とクッキーを薦めながらアメリアはそう切り出した。
「貴女、地球を覚えているのよね、私は日本にいたけど貴女は?」
「同じよ」
「この世界はゲームに似ている、でもゲームじゃないのよ、この世界でも人生は一度きり、そしていい人も悪い人もいる」
ブリジットは不審そうな顔をしている。
アメリアは小さくため息をついた。