戦線離脱
張り付いた笑みそして冷や汗でドレスの背中の部分も張り付いている。
アメリアは喉の渇きを覚えて持っていたグラスを干した。先ほどまでのビビアンの悪鬼の表情が脳裏に焼き付いてしまった。
やはりエドワードはやめておいて正解だった。
銀髪にラベンダー色の瞳、繊細な顔立ち、折れそうな華奢な姿態、見てくれだけはかなり完ぺきに近いのに、そのブラコンがとことん残念な少女ビビアン。
あの怖すぎる表情を見てしまったほかの女性や男性からも遠巻きにされている。ビビアンを嫁にもらおうという男性も一気にここで引いてしまったな。あの家にはあの兄妹以外の子供はいないはず、ウエリントン伯爵家の未来は暗い。
よその伯爵家の将来を思わず案じてしまったが、やはり今考えなければならないのは何よりアメリア本人の将来だ。
その時アメリアはもし人目がなければ、エドワードをやめようと考えた過去の自分に全力で感謝の祈りをささげていたろう。
ビビアンの殺気に恐れをなしたのか、先ほどまでエドワードに助けられていた少女もそそくさとその場を去っていた。
ビビアンが一人、満面の笑みを浮かべて、エドワードの腕にすがった。
デビュタントが、親族の男性にエスコートされるのはよくあることだ、実際さっきまでアメリアも父親にエスコートされていた。
しかし、家族にエスコートというのにはちょっとニュアンスが違う雰囲気を醸し出している。
エドワードの真ん前でしか見せない天使のような笑顔のビビアン。
そして、周囲の紳士淑女の皆さんから小さくひそひそ声が。
エドワードが『薔薇の言の葉』で、一番簡単に攻略できるキャラだったのは、まあ張り付いた妹のせいだった、連れてくる女連れてくる女すべて妹の妨害にあって破局し軽くノイローゼ状態だった。
そしてきっちり悪い噂が立ち、もし嫁に来てくれるなら男爵どころか騎士爵でも大歓迎という状況。
そしてバトルではビビアンは決してたやすい敵ではなかった。
攻略対象を口説きながら、悪役令嬢とのバトル。ビビアンは実に手ごわかった。
次に簡単な攻略対象のフレッドに張り付いたワンダのほうが弱いと思うくらいだった。
フレッドは口説き落とすのが結構難しかった。
それを考えれば、この二人の難易度はそう変わらなかったかもしれない。
アメリアは油断なく周囲をうかがう。
まだ、姿を見せないが、いずれ現れるだろうフレッドとワンダの姿を探る。
いた、ワンダは白いドレスではなかった。真っ赤なドレスを着ている、それも襟ぐりがかなり空いたきわどいやつ。長い黒髪に大きな吊り上がった緑色の目、全体的に派手目の美人、そして、大変豊かな胸部をしていた。スカートはアメリアの着ているような大きく広がったものではなくすっきりと細いライン。イブニングドレスっぽいなとアメリアは思った。そして自分が絶対着ない、似合わないデザインだと。
ワンダは『薔薇の言の葉』随一の巨乳デレインには劣るが、こちらもまた人の目を集める大きさだ。
アメリアは自分の胸を見下ろして、ふっと笑った。
あんまり大きすぎるとユーザーが嫌うという噂は本当だったのだろうか。
フレッドは気のない表情で、デビュタントの群れを眺めている。
ワンダは何とか距離を詰めようとフレッドに腕を絡ませようとしていく。
基本的に淑女は待ちの姿勢のはずだ。待ち構えて追わない。猫の狩りだ。
それをあえてぐいぐい押していくワンダはネコ科では珍しいチーターのような女だ。
アメリアは二人の攻防戦をそっと見ていた。
そして、まあ頑張ってくれとエールを送り、その場を少しだけ移動した。
あれは関わり合いにならないのが吉だと。
そして、男性二人に対してそっと、強く生きてくれと祈った。