夏のイベント6
スティーブンは馬車の中でアメリアに話を促した。
馬車は人の徒歩ほどのスピードで走っている。そのため使用人は馬車の後ろを歩いている。
マリーには申し訳ないが内緒話をするためには仕方がない。
「昨日、私が怪我をしたことから話しますわね?」
スティーブンの眉が顰められた。
そしてアメリアはできる限り詳しく昨日の顛末を話した。
「王孫殿下、ですか」
王太子の長男で、ジョージやヘンリーの両殿下と王位を争っているお方。
ゲームでは隠しキャラ扱いだった。それくらい出てこない。
「王孫殿下に絡まれてそうしたらおつきの人に突き飛ばされて怪我をしたの。キャロルの話ではそのまま王孫殿下は連れていかれたみたい」
アメリアはそう言いながら帽子の上から頭を撫でた。まだずきずきする。
「なんだかその前の日も一人で出歩いてたみたいね、転んだところを見て大丈夫ですかと声をかけただけなんだけど」
それで覚えられたみたい。
と続けてアメリアはため息をついた。
王太子だの王子だの王孫だのそんな国の上のことなど放っておいてアメリアは細々と暮らせればそれでよかったのに。
スティーブンもため息をつく。そして頭痛をこらえるように右手を頭に当てながら呟く。
「王太子殿下の御子息はその、大変優秀なのですが、少々お行儀というか」
アメリアにも薄々察しはついた。いわゆる知能と常識を等価交換した人間なのだろう。
多分自分と同年代だが、かなり幼いしぐさをしていた。
「まあ、祖父である国王陛下としてもちょっと難しいところでして」
歯に物が挟まったような言い方も致し方ないだろう。何せ王国に忠誠を誓った身としていわゆる王室の恥部のようなことは言いたくないのだろう。
「私、まさか王孫殿下に目をつけられたわけではありませんよね」
それだけはご勘弁願いたい。
「それは私にも」
スティーブンは哀れむような視線を向けた。
関わり合いになりたくない理由はすでに箇条書きでまとめたら巻物になるくらいある。もちろんスティーブンから乗り換える気など毛頭ない。
ましてやこのままゾディークが黙っているはずがない。
ゾディーク、かなり高い確率で転生者だと思われる相手。わかっている範囲でかなりなりふり構わず人の迷惑をかまってくれない性格だと思われる。
キャロルと違って話し合いの余地はたぶんない。
今現在この国の女性最高権力者でありその地位に固執している可能性も高い。
「本当にかかわりたくない」
アメリアはそれでもせっかくのデートだからと頑張って楽しむことにしたのだ。
あちらこちらから流れてくる音楽を聴きながら薔薇園で花をめでる。
今日は少し赤い花が目立つ。
アメリアはできる限り恋人らしい会話を心掛けていた。
同じように歩いている男女二人連れは多い。それぞれが楽しげに歩いている。
不意に音楽がやんだ。そしてシンバルのような甲高い音が響く。
その場にいた男女が一斉に一礼する。
アメリアも戸惑いながらドレスのスカートをつまんで頭を下げた。
そしてしずしずと厳かに従者を引き連れて進んでくるのは壮年の男女。おそらく王太子と王太子妃。
地味ではあるが、布の照りからして最高級の布地をふんだんに使ったそれを身にまとい威風堂々と歩いていく。
アメリアは顔を下げた。帽子のつばでほぼ顔が隠れるまで。
二人はアメリアの前で足を止めた。周囲のざわめきが聞こえる。
顔をのぞき込まれている気がするが、アメリアは動けない。
そして再び歩き出す足音が聞こえた。いつの間にか額に冷や汗をかいていることに気が付いた。
ハンカチで顔を拭くと白粉が少し溶けていた。




