夏のイベント5
アメリアはともかく何とか最終日を迎えた。
最初はともかく中日が悲惨すぎたので、最終日は穏便にすましてほしかった。
ずきずきする頭は大きめ帽子をかぶって保護する。スティーブンに聞いたほうがいいことのリストに王孫殿下のことも入れる。
昨日のことは今思い出しても鳥肌が止まらない。
とてとてとてと弟のマテルが寄ってきた。
「姉上、昨日怪我をされたそうですけど大丈夫ですか」
たとえ家族といえど丁寧な言葉遣いを家庭教師から厳しくしつけられているマテルはアメリアにも丁寧語で話す。
アメリアはマテルの身体を抱きしめた。
「マテル、いい子、どうかこのまま可愛く素直に育ってちょうだい」
いきなり抱きしめられてマテルは目を白黒させる。
あの王孫殿下を見た後ではマテルが天使に見える。アメリアはそう思って弟の背中に回した手に力を込めた。
「あの、姉上、そろそろ支度をしなくていいのですか、迎えに来るのでしょう」
すでに姉が嫁入りカウントダウンが決まっていることはマテルもわかっている。
その婚約者が時々家で過ごすのも戸惑いつつも受け入れている。
「ああ、そうねお化粧しなきゃ」
服は着替えたので、ケープをかけて白粉が飛ばないようにする。
まずクリームを塗って下地を作り白粉をはたく
そして目元に影をつけ頬紅を丸くつける。昼なので量は控えめにだ。
夜はたっぷりつける、思わずおてもやんと呟いたが、蝋燭で照らされた夜の夜会ではそれくらいつけないと血色よく見えないのだ。
電灯が明るすぎただけだなとアメリアは思った。
とにかく鏡で矯めつ眇めつ見て確認するとメイドがやってきて髪を結いあげる。今日は帽子を使うので結い方も変える。
マテルはそれをじっと見ていた。
「どうしたの?」
手鏡で後頭部の様子を見ていたアメリアは怪訝そうに聞いた。
「化粧した顔と素顔の差をちゃんと見ておけと父上が言っていました」
「なんで?」
「化粧してこれくらいなら素顔はこれくらいと値踏みができるようにです」
アメリアは化粧台に思わず手をついた。立ち直るのにしばらくかかったがしばらくして言葉を継いだ。
「お父様は子供に何を吹き込んでいるのよ」
思わずアメリアはこめかみを押さえた。
「お嬢様、そろそろ迎えの馬車が見えたと」
「あらいけない」
立ち上がって慌てて帽子を被ろうとするアメリアを押しとどめたマリーが付けていたケープを外させた。
そしてきちんと帽子をかぶらせるとマリーは走らないようにと厳命した。
マテルが先導して歩いていく。
玄関で待っていたスティーブンがマテルを見た。
「ごきげんようブラウン氏」
「ごきげんようアガサ氏」
その様子を見ていたアメリアが苦笑する。
「ごめんなさい、背伸びしたい年頃なんですの、この子」
この光景だけならば、平穏な弱小貴族の一コマなのだが。
今日は王宮で様々な催しものがある。それに合わせてスティーブンも迎えに来たのだ。
スティーブンにそっと近づくとアメリアは小さな声で囁いた。
「貴方の御者は口が堅いかしら」
スティーブンの唇が引き締まる。目を細め視線だけで疑問を発する。
アメリアは小さく頷いた。