戦い(一方的な暴力)の果て
高貴なる女性は高貴なる男性のもとに嫁ぐことが必定。そして高貴なる男性は国の進退をかけた戦いに赴く可能性が常にある。
だから、一定以上の身分を持った男性は軍事を学ばなければならない。
それには自らが戦闘技術を持つことも含まれる。
そして最高位の高貴なる女性は当然ながら最高位の男性を補佐する役割を任されることが多い。そのため例外的に軍事にかかわることを学ばされるのだ。
アメリアのように下位貴族の娘なら最低限の教養があればいいのだが。最高位の令嬢の学ばなければならないことは極めて多い。
過労死レベルのハードスケジュールをこなさなければならないだろう。
だが、彼女ユーフェミアはそれを堅実かつ勤勉にこなし続けてきていた。
華奢な身体故の不利を補う術すら身に着けていた。
しなやかな柳のごとき体さばきで相手の懐に入り鳩尾を深々とえぐった。
「うわ」
思わず漏れた呻きはスティーブンのものだった。
ジョージ殿下は声もなく膝をつく。
「なるほど、目につくところは狙わないのね」
それが慈悲か保身かは定かではないが。
うずくまるジョージ殿下をユーフェミアは冷たく見下ろす。
「自分のことばかりですのね殿下」
さらに追撃で後頭部にかかと落としを叩き込んだ。
床に平たくなるジョージ殿下をスティーブンが青ざめた顔で見ている。
「止めないと」
「でも、あそこまで言ってはいけない言葉を大声で言い切ってしまった後でどんな言葉が届くかしら」
アメリアはそう言って痛ましげにユーフェミアを見た。
朦朧としているジョージ殿下の襟首をつかんで引き起こすとぎりぎりと首を締め上げている。
「さすがに殺すのはまずい力づくで止めます」
そう言ってユーフェミアを背後から羽交い絞めにした。
「落ち着いてください」
「そうね、ちょっとやりすぎてしまったかしら」
ユーフェミアは案外冷静だった。
ゲホゲホとむせながら両手を床についたままのジョージ殿下にアメリアはそっとハンカチを渡す。
「殿下、私達はここで見たことを決して他言いたしません。ですから殿下も他言なさいませんように。もしなさった場合、正式な調査となるでしょう。そうしたら私たちもかなり詳しく状況をお話ししなければなりません。暴行が始まる直前の出来事もね」
婚約者に浮気をなじられ、開き直って暴言を吐いたなどという話が広まれば、王位継承権を剥奪されかねない。
高貴な身分というものはそれなりの束縛を受けるものなのだ。
「アメリア」
ユーフェミアはそっとアメリアの名を呼んだ。
「ありがとう」
それが何の礼か定かではないがアメリアはそっと目礼で答えた。
「それと、この問題は私自身の名誉にもかかわるのですよ、婚約者のいる相手を横取りしようとするような不道徳な真似を私がしたということになるのですから」
そう言ってジョージ殿下に尋ねた。
「とりあえず、私の名を騙ったものの情報を洗いざらいいただけますか」
「そうね、貴方まだわからないの?」
言外に言われた言葉にジョージ殿下は青ざめる。
その可能性を考えていなかったらしい。
こいつが王位につかないほうがましなんじゃないのかと本気でアメリアは思った。