ファイト
アメリアは雑巾を慌てて後ろ手に隠した。
ここにいるのが誰か薄々察しはついた。第三王子ジョージ、攻略対象の中堅。
そしてアメリアが攻略する気も起きない男。
「ユーフェミア様、私席を外したほうがよろしいでしょうか」
巻き込まれてはかなわない、聞いてはいけない言葉を聞いてしまうより先にこの場を立ち去りたい。
「いいえ、アメリア、貴女はここにいてちょうだい」
不意にジョージ殿下がアメリアを振り返る。
「アメリアだと、どういうことだ?」
「彼女が、アメリア・アガサだと言っているの」
ジョージ殿下はアメリアとユーフェミアを交互に見てしばらく考え込んでいた。
「誤解とはそういうことか?単にお前はアメリアと同姓同名のメイドを雇ったということに過ぎないと」
「そうですわね、わかっている限りで、アメリア・アガサ男爵令嬢は、そこにいるその娘だけですわ」
ユーフェミアはまっすぐジョージ殿下の顔を見ながら言った。
「アメリア・アガサはこの娘一人だと」
「だからあなたの言っているアメリアはアメリア・アガサではないということよ」
ジョージ殿下は虚を突かれたように口をつぐんだ。
バタバタと誰かがかけてくる足音が聞こえた。今度は何だとアメリアは足音の方向を見た。
スティーブンが息を切らして走ってきていた。
「殿下、いったいなぜ職務を放棄してここに来たのです」
どうやら仕事をさぼった王子様を回収しに来たようだ。
「お前、婚約したそうだな」
「それとこれとは話が別です」
なおも食い下がろうとするスティーブン。その光景をアメリアはぼんやりと見ていた。
「ちょうどよかったスティーブン。アメリアがここにいるわ」
スティーブンはきょろきょろと周囲を見回し、立ち尽くしているアメリアに気が付いた。
「なんでここでそんな恰好でいるんですか?」
「私にも、よくわからない」
「お前が婚約したアメリア・アガサは間違いなくそこの娘なのか?」
いきなりジョージ殿下がスティーブンに食いついた。
「確かに彼女がアメリアですが、アガサ男爵家にもご挨拶に参りましたし」
ジョージ殿下は追い詰められたようにユーフェミア、アメリア、スティーブンの顔を交互に見ながら悲鳴のように叫んだ。
「じゃあ、彼女は誰なんだ?」
「さあ、ですが身分を偽って殿下に近づいたのですもの、おそらく不埒極まりない目的でのことでしょう」
ユーフェミアはそう言ってジョージ殿下に一歩近づいた。
ジョージは振り返ってアメリアの顔を凝視した。おそらく先ほどまでメイドの衣装に目をくらまされ顔や背格好などの特徴をよく観察していなかったのだろう。
「確かにアメリアとよく似ている。だが別人だ」
目の前のアメリアとジョージ殿下の覚えているアメリアとでは丸い目や小作りな鼻、やや小さめな唇といったパーツは共通するが、どこかが違う。
例えば眉毛が少しだけ薄いとか、耳たぶの形が少し違うとか。些細なしかし決定的な違いがあるのだ。
「どういうことだ」
「殿下、まだわからないのですか?」
ユーフェミアがまた一歩ジョージ殿下に踏み込んだ。
「殿下のおっしゃっている女はよからぬ目的で殿下に近づいてきたのです、おそらくそこの男爵令嬢と多少似通っていたので、その名前を拝借したのでしょう、殿下、貴方はその女に陥れられるところだったのですよ」
ユーフェミアが畳みかけた。
「黙れ、彼女は私の気持ちをわかってくれた。いずれ愛のない結婚をすると思っていた私を救ってくれたのだ」
あ、これ攻略対象が落ちた時の台詞だ。と頭のどこかで考えていた。そして、この言い草の身勝手さにも気が付いた。
愛のない結婚をするのはお互い様なのだ、なのに自分一人だけが被害者のように。
ユーフェミアの目が細められる。
アメリアはユーフェミアをとことん応援するつもりでそっと親指を立てた。
やっちまいなの合図に。
「殿下、ここはしっかりと話し合いましょうね」
ユーフェミアはポキッと指を鳴らした。