手を打つとき
スティーブンと結婚して領地に行くのは来年だ。男爵家とは言え貴族は貴族、それ相応の準備がいる。
そして嫁入り道具をそろえるのも時間がかかる。
リネン類はアメリアが子供の頃からコツコツと作られていたが。問題はドレス類。結婚したら独身時代のドレスはあまり使えないので一から作り直すことになる。
アメリアの成長した骨格に合わせて作らなければならないので、今から作るのだ。
ウエディングドレスだって、レンタルなんかない。一点物のオーダーメイドであるし、手の込んだレースなども用意しなければならない。それを考えれば一年後というのは早いほうだ。
父親の提示した二年後というのは、それにかかる費用を貯めさせてくれという意味もあったのかもしれないとようやく思いついた。
とにかく一年身動きが取れないならその一年を生き延びることを最優先に考えるべきだ。
アメリアはそっと一通の手紙を抱きしめた。
それはジョージからの手紙だった。
もちろん開封なんて馬鹿な真似はしない。
未開封のままユーフェミアに届けるつもりだ。
こと付けはスティーブンに任せればいいだろう。この世界に郵便局はない。手紙は使用人が届けるかあるいは商家が仕入れや配達のついでに届けるかの二つだ。
識字率が低いので、手紙を使う人間が極端に少ないためこれで何とかなっている。
ジョージから手紙が来たということはアメリアの自宅までジョージの侍従が来たということだ。
アメリアは顔を合わせていない。どんな身分のお方に仕えていたとしてもアメリアの家族も単なる侍従にアメリアを会わせることはしない。
アメリアはスティーブンの自宅にメイドの一人を向かわせていた。
ユーフェミアに取り次いでほしいとだけ伝えさせた。手紙のことを話すのは実際にあってからにするつもりだ。
これはどういうつもりなのか。
そしてユーフェミアに心から同情した。
今の自分の身分や状況もわきまえず、婚約者以外の女性に手紙を送るなど軽卒にもほどがある。
アメリアはそろそろ手を打たないと本気でまずいと判断した。
スティーブンもそのあたりは心得ていたのだろう。あっさりとユーフェミアに取り次いでくれた。
瀟洒な自室で清楚な美貌のユーフェミアは、眉を吊り上げ険しい顔でアメリアを迎えてくれた。
ユーフェミアは手紙を受け取るとその場で読み始めた。
肩が小刻みに震えている。
「そろそろ何らかの手を打ったほうがいいのではないでしょうか」
アメリアとしては婚約者がありながら、どこの馬の骨ともわからない女にうつつを抜かしている馬鹿が将来の国王陛下になるくらいなら、悪い噂のない王太子の御子息のほうがましだと思う。まあ向こうもそれを狙ってのことだろう。
「そうね、それにはあなたの協力がいるわ」
ユーフェミアの言葉にアメリアは深々と頭を下げて答えた。
「何なりと」
「それではあなたに我が家のメイドになってもらいます」
アメリアは目を見開いた。
「あの、何でメイド?」
「メイド長を呼びなさい」
呼び出された初老のメイドにアメリアは引っ張っていかれ、メイドとしての所作を徹底的に叩き込まれた。
一応貴族令嬢だ、行儀作法は叩き込まれたと思っていたが、それとはまったく次元の違うしごきにアメリアは悲鳴を上げた。
「泣き言を言わないでくださいまし、何でもするといったのでしょう」
姿勢が悪い、お辞儀の角度が違うとビシビシしごかれながらいったい何が起きているのかアメリアにはさっぱりわからなかった。




