戦いに向かう
最後の悪役令嬢?その名はゾディーク。
攻略対象王太子の妻だ。
王太子、アメリアと同年代の息子と妻持ちのナイスミドル。その段階で倒れ伏した。
何を考えてゲームを作っているのだろう、かつての少女は真剣に悩んだ。
そしてゾディーク、悪役令嬢じゃない。いくら何でもアメリアと同年配の息子の母に令嬢を名乗らせるのはいかがなものかと。
便宜上だとわかっているが。『薔薇の言の葉』は本当に異色の乙女ゲームだった。
そしてゾディークこそ最強の悪役令嬢?だった。
バトル。そして、攻略対象の障害としてもどちらも最強。
そういえば、ユーザー仲間で強いやつと戦いたいとデレインでゾディークに挑んだ奴がいた。
蛮勇としか言いようがない。
まあ、『薔薇の言の葉』最強キャラという定評があった。
少女はゾディークと戦ったことはなかったが、息子と同じ年の娘の相手をしようとするナイスミドルが何となく受け付けなかった。のもある。ゾディークをいつか倒すと息巻いていた連中もネット上ではちらほらいた。
そんなゾディークと戦うこととなった。
それもリセットなしの現実世界で。王太子妃VS男爵令嬢という地獄の身分差で。
アメリアは地面にめり込みそうなほど落ち込んだ。
そして嫌なことを思い出してしまった。
少女が『薔薇の言の葉』をやらなくなったのはたぶん王太子攻略が自分の身に起きたことに似すぎていたからだろうと。
そういえば、王太子の息子ジョナサンが隠しキャラで、王太子攻略で現れるのだという。あくまで風の噂だったが。
今なら言える。腐ってる。
それぞれの侍女を少し遠ざけて、東屋のテーブルで作戦会議をやることにした。
「もし、ゾディークがすべての黒幕だとしたら、まさかとは思うけれど、私達を巻き込んだのは」
キャロルが顎に手を当てて考え込んだ。そして眼鏡を指先で直す。
「王太子を攻略しようとするヒロインに対する牽制かもしれない」
『薔薇の言の葉』のエンディングは大体悪役令嬢の不名誉な退場だ。悪役令嬢にとってヒロインはババのようなもの。
そのババをエクストラやユーフェミアに押し付けるためあんな小細工をしたのかもしれない。
「それで、私達を選んだということは、ゾディークは『薔薇の言の葉』の設定をわかっているということよね」
キャロルの言葉にアメリアは声もなく頷く。
そうでもなければキャロルやアメリアを知るはずもないのだ。
「もしゾディークが私達と同じだとすれば、ヒロインは自分を陥れるために王太子を攻略すると信じ込んでいるのを誤解だと何とか弁明できないかしら」
「どうやって?」
二人はしがない男爵令嬢だ。王太子妃に直接話をする身分ではないし、そんな話をエクストラとユーフェミアにどうやってするというのだ。
「それにもう遅い、すでに事態は動き出している」
そうゾディークは行動を起こした。勘違いだから矛を収めてくれと言われても既にあちらもどうしようもない状態だろう。
おそらくブリジットとデレインが巻き込まれなかったのはすでに別の攻略対象の近くにいたため問題なしとされたのだろう。
二人は互いに目を見かわす。
キャロルが据わった目でアメリアを見た。
「こうなれば戦うしか他にないわ」
「でも相手は」
「今ならあなたの言ったことが役に立つわ、エクストラとユーフェミアに全面降伏して服従を誓った身よ、だとすればそれを利用することができる」
キャロルは手持ちの鞄から算盤を取り出した。ずいぶんと形が洗練されてコンパクトになっている。
「お父様にあの見本を見せて職人に作り直させたの。お父様も使っているけれど、あのたどたどしい指使いどうにかならないかしら」
キャロルは算盤を鳴らす。
「私には武器があるわ、簿記という武器が、こうなったら全面的に二人に協力して、なんとしても勝ってもらう。失脚すればあちらもあきらめるでしょうよ」
キャロルは思わず跪きたくなるくらい頼もしかった。
「そうよね、他に道はないのだもの」