結婚とは
「さて、困った」
キャロルがそう言いながらクッキーを頬張った。
「人んちのもんだと思って遠慮せずに食べるね」
皿の上のクッキーはほとんどキャロルのお腹に消えた。
「人んちのただ飯最高」
開き直った発言にこめかみに血管が浮く
「冗談はさておいて、エルザさんに事情は話せないよね」
事情とはアメリアとキャロルが、第二、第三王子の浮気相手と誤認されているということだ。うかつに話したりしたら絶対ややこしいことになる。スティーブンがどう話しているのかわからないので余計にうかつなことは言えない。
「そういえばそっちはどうなっているわけ?」
アメリアはキャロルに独り占めはさせないとクッキーを一つ手に取る。
「うん、浮気の証拠の恋文は届き次第順次エクストラ様のところに送られているわ私は一通も見ていない」
第二王子の手紙はキャロルを通り越してワンダのところに直通で送られるように手配済みだ。エクストラの手元には証拠が着々と集まっている。
それをもとにどうするのかはこちらとしては想像するしかない。
どう使われてもわかっているのは第二王子が地獄を見るだけということだ。
「有責ポイント貯めまくった状況で結婚とか」
アメリアが抑揚もなくつぶやく。
「うん、どっちも地獄だね、私なら絶対嫌だ」
「結婚前に浮気した男と結婚なんて私なら絶対嫌だ」
とにかく第二王子と関わりたくないということで二人の意見は一致した。
「それにね、こちらの疑いは晴れたの」
「え?」
キャロルがげんなりとした顔で言った。
「第二王子が手紙を受け取ったという趣旨の手紙が書かれていたんだけど、私がその日手紙を出していないのを私を監視している誰かが報告してくれたんだって」
不意にアメリアの顔色が悪くなる。
「まさか、私にもその監視ってついているわけ?」
「大丈夫、解らないように監視してくれるって、あちらもプロだし」
キャロルのどこかピントのずれた励ましも何の慰めにもならなかった。
「それが何の救いになるの」
知らない間に見知らぬ誰かに付け回されていたなんて考えただけでぞっとする。
ノックの音がした。
「お嬢様、お客様です、出てこられますか」
マリーではなくキッチンメイドのエミリーだ。マリーは本日休日だった。
「誰が来たの」
「ブラウン男爵家の御子息だそうです」
「すぐ出るわ」
キャロルにしばらく待っていてと頼んでアメリアは慌てて玄関に向かう。
「ごめんなさいスティーブン、お待たせしたかしら」
玄関のすぐわきにたたずんでいたスティーブンはアメリアを見て何とも言えない表情を浮かべた。
「うちの姉が申し訳ないことをしたそうで」
スティーブンは渋い顔をしている。
「私は別に。弟の縁談を聞けばちょっと見てこようなんて誰でも思うことじゃないかしら」
「そうですね、本当に失礼なことをされたのはカーマイン家の御令嬢ですよね」
これにはアメリアも沈黙した。
「あの、キャロルは今うちにいるのだけれど、貴方の謝罪を伝えるか、それとも直接謝罪する?」
実際、未来の嫁候補であるアメリアまではともかくその友達であるキャロルにはちょっと失礼かもしれないと思っていた。
「まず謝罪を伝言してください、そのうえで直接謝罪できるならします」
スティーブンは深々とため息をついた。
「貴女は、弟にあんな仕打ちをしないでくださいね」
そして何とも恨みがましいことを呟いていた。




