小姑襲来
ブラウンヘアの美しい貴婦人が、アメリアとキャロルに相対して笑っていた。
彼女の上品に結い上げた髪や仕立ての良い上品なドレス。いかにもいいところの奥様という雰囲気を醸し出していた。
一瞬誰だろうと思ったが、その面差しが誰かに似ていると気づく。
テラコッタ子爵夫人。元の名前はエルザ・ブラウン。スティーブンの姉に当たるのだという。
よく考えると、スティーブンの家族構成をよく聞いていなかったなとアメリアは反省した。
声をかけられるまで気が付かなかった。
父親が存命だということぐらいしか聞いていなかった。
彼女の目的は当然のことながら、弟の嫁を品定めするため。
にこにことほほ笑む姿も美しく楚々とした女性だが状況が状況だ。とてもじゃないが油断できない。
キャロルはアメリアの背後に回り、とりあえずの様子見を決め込んでいる。
「薔薇園で散策でもしましょうか」
春薔薇の咲いている庭園に向かう。キャロルはこの場から離れたほうがいいのだろうかと逡巡していたが、笑顔の圧力に負けてそのままついてくることになった。
そして、見知らぬ貴婦人方に紹介された。
それぞれ自己紹介してくるが、何が何だかわからない。アメリアが、弟の婚約者だとエルザが肩を押しつつ言うと、もう一人のキャロルは女ばかりの姉妹の男爵令嬢だと紹介した。
途端にアメリアよりキャロルに視線が集まる。ずいぶんと熱心に話しかけてきたが結構数がいたのでキャロルは顔と名前が一致しない。
「あれは私のお友達なの、そして、実は身内に独身男性がいるわけ、私の未来の妹のお友達をちょっと紹介させてもらったわ」
キャロルが少しだけ表情をこわばらせた。
「お友達とはそういうもの、そうやって身内の鎖を太くしていくものよ」
エルザはそう言って微笑む。
貴族の奥方になればそうしたやり取りや駆け引きは常識なのだという。アメリアは母親がそうしたことにあまり熱心ではなかったので、少しだけ戸惑った。
「そういえば、貴女のお父様は夏の職場の方よね」
王宮に公職についている貴族は一年中務めているものと、一年の半分秋から春まで努めるもの、春から秋まで務めるもの三種類いる。
アメリアの父は春から秋だが、スティーブンは今は通年務めているがアメリアと結婚後は秋から春まで王宮に努めることになるという。
「今までと暮らしが逆になるんだけど大丈夫?」
アメリアが領地に戻るのは基本的に冬ごもりだ。ほとんど家の中にこもりきって寒さをしのぐ以外にすることがない。アメリアの趣味は読書だが、書物はかなり高価なものなので二、三冊の本をひと冬に何度も読み返して暇をつぶすことになる。
だから仮にも貴族の令嬢が、台所に出入りしても誰も何も言わなかったのだ。それほど退屈をしのぐ手段がなかったから。
少しだけ未来を想定してみた。
夏の間の領地暮らし。夏ならおそらく建物にこもってはいないだろう。隣の領地などに向かう機会もきっとある。
そして冬の間王都に暮らすとなれば、おそらく図書館は空いている。読書は結構充実するのではないだろうか。
「そうですね、何とかやれそうです」
問題は食事だ。マナーハウスに向かうのは王都の食料状況が悪くなるからだ。それに値段も跳ね上がる。そして何より燃料が高騰するのだ。
「でも、こればっかりは一度経験してみないとですね」
もし結婚したら、生まれて初めて冬の王都を見るのだ。




