帳簿
デレインの家はとても立派だった。男爵家と爵位が一つ違うだけで王都に家を建てていい面積が少しだけ広くなる。デレインの家はそのぎりぎりまで大きくしたようだった。
しかし、人気はなく閑散としている。
聞けば住み込みで人を雇う金がなく、仕方なく通いの家政婦を雇っているらしい。食事は大鍋に家政婦が用意した具沢山スープを自分で温めて食べているとか。
パンも買い置きを大量に用意し、最終日はカチカチになったものをスープに浸して食べていると聞いてキャロルが絶句していた。
「今は誰もいないのね」
キャロルは閑散とした家の中を歩きながら尋ねる。
アメリアが見る限り、もともとの造りが立派な家だった。それだけに窓の桟にうっすらどころでなく積もった埃や退色したカーテンがどこか物悲しい雰囲気を作っている。
庭は結構まともだった。おそらく家の外の体裁を取り繕うのが限度で、家の中にまで手が回らないのだろう。
床は何とかきれいな状態だったが、他はかなりひどい。
「それで帳簿はどこ?」
キャロルが、手荷物から何かを取り出した。
木の枠に、料理で使う金串を刺しまくってある、そしてその枠の中でカタカタ動いているのは小さな木の実だった。
「これは手製の算盤だよ、木の実の大きさなら扱いやすいかと思って」
金串は枠を貫通して飛び出しまくっている。適切な大きさに切ることができなかったようだ。危ないのでコルクを刺して、他に刺さらないようにしてある。
「ああ、確かによく見れば算盤だ」
一瞬あまりの異様な姿に何かと思った。確かに構造は算盤である。ちゃんと五の玉とほかの一の玉がわかれている。
確かに木の実を使うのはアイデアだ。形がそろっているので扱いやすい。玉を一個一個作るより簡単だろう。
「これ、使い方を啓もうすれば売れるんじゃない」
アメリアの提案に、キャロルも頷く。
「そうなの、でも言い出し方がわからなくて」
そんなことを言いながら、帳簿のある場所に向かった。
「というか、誰もいないの?」
帳簿を見る係がいるとか言っていなかったか?、そんな疑問を覚えてアメリアはデレインを見た。
「毎日はいないの、毎日来られたってその分の給料を払うことができないから」
この国の貴族は土地や屋敷を切り売りできない。土地は国から預かったとみなされているからだ。その収益を自分のものにすることはできても、土地自体を売ることはできない。
県知事が、税金から収益を得ることができても県をほかの県に売り飛ばすことができないという状況に似ている。
そうでなければ、この屋敷もとっくに売り払われているだろう。
そして帳簿を一冊取り出してキャロルは眉を吊り上げた。
「何よこれ、伝票を整理もせずに束にしてあるだけじゃないの」
アメリアは請求書がそのままファイルされたとしか思えない状況だとちょっと見ただけで気が付いた。
「たく」
キャロルがカバンから画用紙を取り出す。そして一本の線を真ん中に引いた。
「アメリア、伝票の内容を読み上げて、こっちで整理するわ」
アメリアはそう言えば父親のそういう書類は見たことがなかったが、もしかしてこちらではこういう風に書類をまとめるものなんだろうかと思った。
家計簿のほうがよっぽどわかりやすい。
キャロルは右に収益、左に支出と書き出す。
アメリアは内容を読み上げ始めた。