婚礼準備
後日、キャロルの家に遊びに行く約束を取り付けて、アメリアはキャロルを見送った。
憂いが晴れたのか晴れやかな笑顔で去っていく。
キャロルを見送っていると丁度母親が帰ってくるタイミングだった。
「お友達?」
キャロルは振り返って会釈する。
「まあ、そんなところ」
アメリアはそう言いながら家に戻る。
「来年、お式にしますからね」
母親はそう言ってまとめた書面をアメリアに指し示した。
「式は来年の秋、春に戻ってきたらすぐに結婚の準備に取り掛かるわ」
アメリアが書類を確認したところ、内容はブラウン家の当主がスティーブンとの結婚を許可するという書類。そして、教会に、この結婚が妥当であるかの審査を申し込んだという書類だ。
教会が結婚に口出しする場合はせいぜい近親結婚ぐらいだ。この国では従兄妹叔父姪の関係は結婚できない。後は爵位格差、二つ以上爵位が離れていても教会が口出しする理由になる。
アメリアとスティーブンのように同じ爵位での結婚となると、書類は右から左にハンコを押されるだけだが、上記の理由があると数年待たされることもある。
その関係にないことは最初から分かっているのだが、形式上教会にお伺いを立てなければならない。
宗教関係者というものはいつでもどこでも小うるさいものだ。
この国の宗教は主神とその属神で構成されている。
いわゆる多神教だが、主神の権威がとてつもなく大きい。
キリスト教が、主とイエスを主体として聖人をあがめているようなものだ。
聖人から神格化されたものもいる。
地域ごとに神様がいるのも地域の守護聖人みたいなものだろう。
キリスト教や仏教とどういうところが同じでどういうところが違うのかそのあたりはアメリアもあいまいだ。
結婚の神は季節は春の神だが、さすがに移動のごたごたとともに婚礼準備はできないと秋に行うことが多い。
弟のマテルが、不安そうにアメリアを見ていた。
弟はようやく十歳になったばかりだ。結婚で家を離れるということが本人すっ飛ばして不安になっているようだ。
「マテルが大きくなって、そうしたら遊びに来るといいよ」
アメリアはマテルの頭をなでながらそう言った。
「遠いところまで来れるように一生懸命勉強して大きくなりなさいね」
そういうとマテルは小さく頷いた。
「最初の一年は空振りでも普通よねえ」
思ったより早く決まったため母親も少し感慨深いようだ。
「とりあえず、準備期間ってどうするの?」
想定外に早まったので、あまり準備に関する知識がない。上に姉でもいれば違ったのだろうが。
母親は古びた手帳を取り出した。
「これは私が嫁いでくるときお母様に、アメリアには御婆様ね、もらったものよ、手続きをその都度記録してくださったものなんだけど、結婚式の後に渡されてね、将来子供のために使いなさいって」
アメリアが手帳を受け取ると、ページを開く。細かい字でびっしりと書き込まれている。
「これだけあるんだ」
書かれている内容を読むまでもなくびっしりと真っ黒になりそうなくらい書き込まれた字列を見ただけでうんざりした。