首都への帰還
ちょっとはやりに乗ってみました。ヒロインが主人公です。
マナーハウスから首都アムスフェールへと向かう馬車の中アメリアは緊張を隠せないでいた。
アメリアは春のデビュタントとなることが決定している。
王宮の社交界に参加するのだ。社交界で何をするかといえば、何を差し置いても婚活である。
一定年齢となった若い男女が生涯の伴侶を決めるための社交場として王宮を活用するのだ。
アメリアは今年十五歳、まだまだ余裕があるとはいえ、実家はしがない男爵家、領地もまあそこそこの農地しかないのだ。
もう少し上の爵位持ちなら、親の決めた婚約者というものもあらわれる可能性もあったが、アメリアの父のように王宮では事務仕事の下級官僚ではそんな口があるはずもなく、すべてはアメリア一人の手腕にかかっていた。
「アメリア?」
ややふくよかな母親は、アメリアによく似た丸い目をしばたかせた。
「まあ、今年は様子見よ、あなたはまだ十五なんだから、それにマテルもまだ子供だしね」
将来父の地位を受け継ぐ弟はまだまだ幼く、長旅で疲れたのか母の膝にもたれて転寝をしている。
父親は仕事があると言って一月ほど、まだ雪の残る道を首都の家へと帰っていった。
そろそろ新緑の季節、行きは赤茶けた葉の残るばかり、もうすぐくる冬がその葉を落とそうとするのを待ち受けていた木々も今は噴出した緑の葉を風にそよがせている。
「もうすぐ家ね」
毎年のように通る道だ、どれほど行けばどのあたりかは大体見当がつく。
この世界にもだいぶ慣れたわ。
そう頭の中でだけアメリアは呟いた。
自動車が突っ込んできて、ふと気が付けば異世界転生とはあまりにべたすぎて、赤子の身体のまま乾いた笑いをこぼすしかなかった。
しかし、まあ、なってしまったものは仕方がない今までいた世界と全く違う常識にも慣れなければならず、それは赤子とそう変わらなかった。
いわゆるアメリアの家は地位としては真ん中くらいだろうと今まで生きていた中見当をつける。
世の中には貧しい人もいれば富める人もいる。アメリアの家は数人とはいえ使用人もいるし、さらにそこそこの庭付きの一戸建てに住んでいる。
この世界の貧しい人は縦割り長屋のような家に住み庭など持っている人は一人もいないというし。一日一食で耐えている人も珍しくないという。
そうした知識は家にいる使用人から学んだ。
まあ立ち話を立ち聞きしていたともいう。
まあ本気で富んでいるお家だと、巨大といってもいい豪邸に数十人単位の使用人がいて、さらにその使用人を管理するためだけの使用人までいるという。
それすでに会社の規模とアメリアはうめいた。
まあ、上を見てもきりがなく、下を見てもきりがない、とにかくアメリアは足元をしっかり固め堅実な人生を送ろうと誓っていた。
家に帰れば庭師が、畑を作っている、今年の割り当ては玉ねぎらしい。
この辺りは大体同じくらいの収入の人間がそろっている。そのため庭師はそれぞれ、話し合い割り当てで野菜を作り、それを物々交換することで、食卓にのせる野菜を回しているようだ。
去年の割り当てはインゲン豆だったので、その年はひたすらインゲン豆を食べ続けた。
アメリアはインゲン豆が嫌いだった。
やれやれ一安心とアメリアはいそいそと自室に戻った。
出迎えてくれたメイドがアメリアの衣装入れを手によたよたと付いてきた。
メイドが冬物の衣装を片付けているのを横目にアメリアは自室に置いてあったデビュタント用の白いドレスを見た。
採寸と仮縫いだけで、領地に戻ったので、ドレスをはっきりと見たのは今日が初めてだった。
「これ……」
薔薇の言の葉のドレスじゃない。後半は音にならずアメリアの脳内にのみ響いた。