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第十三話 深夜の襲撃

 夜中に目が醒めたのは、廊下から争闘の音が伝わってきたからであった。


 アシュリンがベッドから身を起こすと、先に起きて様子を見に行っていたのか、侍女のヒルダが慌てた様子で入ってくる。


「アシュリン様、敵襲です! タイン城伯の兵が──」

「タイン城伯が?」


 タイン城伯の急な裏切りに、アシュリンは咄嗟に頭が真っ白になった。

 確かに彼は油断できない男だが、まさか昼間助けようとした人間を、夜に襲おうとは思わなかったのである。


「アーサー卿たちが廊下で迎撃されていますが、向こうの兵は武装しておりまして──」


 敵兵は鎧を身に付けているが、アーサー卿たちは武器しか持っていないようだ。

 そうなれば、長くは持ちこたえられまい。


「アシュリン!」


 そこに、半精霊(ハルヴァイン)とバドティビラ人を連れたイーヴァルが飛び込んできた。

 アシュリンが無事なのを見て、ほっと息を吐く。


「脱出しよう。このまま此処にいても、追い詰められて殺されるだけだ」

「わかったわ」


 アシュリンは、とりあえず外套を上から羽織る。

 ヒルダは大きな荷物を眺めて悲しそうな表情を作ったが、諦めて貴重品だけを入れたバッグを手に持った。


「イーヴァル様、こちらに!」


 廊下に出ると、イーヴァルの従者のマクニールが控えていた。

 緊張しているのか、表情が青ざめている。

 階段からは未だに剣戟の音が聞こえており、騎士たちが争闘しているようだ。


 マクニールは、正面の部屋の扉を開けた。

 そこは、イーヴァルたちが泊まっていた部屋だ。

 中に入ると、開け放たれた窓が視界に入る。

 イーヴァルたちは、窓から露台へと向かっていた。


「ここから、下に降りる」


 露台の手すりから下を覗いたイーヴァルが、早口で言ってきた。


「下にって──そんな、無理よ」


 思わず首を振るアシュリンに、イーヴァルは大丈夫だと右手を挙げた。


「エースティンが降ろしてくれるそうだ。安心していい」


 イーヴァルの言葉に、鋼のような表情のバドティビラ人が頷いた。

 アシュリンはこの男のことはよく知らなかったが、イーヴァルは旅の途中によく会話をしており、親しくなっていたようだ。


 バドティビラ人は剣先を露台の手すりに突きつけると、低く呟いた。


変われ(アシュライー)──坂に(クノック)


 エースティンの剣が輝きを放つと、露台が粘土のように変化を始めた。

 その神秘的な光景を見て、思わずアシュリンは小さく息を飲んだ。

 露台から生き物のように坂が伸びていく。

 この目で見ても、信じられない。


魔術師(ソーサラー)……」

「エースティンは、知恵ある者(ヴィドス)だ」


 イーヴァルの言葉に、アシュリンは我に返った。

 フルンディル人にとって、魔術師(ソーサラー)とは神に逆らう者だ。

 彼をその名で呼んでしまえば、もう一緒に行くことはできない。

 だから、イーヴァルが言葉を被せたのだ。


「ご、ごめんなさい」


 慌てて謝るアシュリンに、エースティンは無表情のまま手を振った。

 この鉄面皮に少女は気後れするが、いまはそんなことを言っている状況でもない。

 坂に変わった露台から、階下へと降りていく。


 マクニールとエースティンを先頭に、その後ろにイーヴァルとアシュリンとヒルダ、そして最後尾にシェルヴェンが進む。

 城伯の兵は館の中に突入していたが、油断はできない。


「厩だ。徒歩では逃げ切れぬ」


 エースティンの指示に、イーヴァルも頷いた。

 指揮官として経験のあるこのバドティビラ人の冷静な声を聞くと、何処かほっとするものを感じる。


 厩には、二人の兵が残っていた。


 だが、シェルヴェンの矢とエースティンの剣が、兵に叫ぶ間も与えなかった。


 北からきたこの二人の実力は本物である。

 だが、逆にいえば、この二人ほどの力があっても、熊人(ヴェストロス)からは逃げるしかなかったのだ。

 頼もしい反面、その事実がアシュリンには怖かった。


白き疾風(ヴァイタン)、無事だったのね」


 アシュリンは、鼻を寄せてくる愛馬の首を撫でた。

 恐怖で強張っていた体が、温かな体に触れたせいかほぐれていく気がする。


「危険だが、北には戻れない。南の門を突破する」


 エースティンに迷いはなかった。

 彼は南に用があるのだ。

 そして、それはアシュリンも同じことだ。

 怖いからと言って、北に逃げ帰るわけにはいかない。


「南の門にいるのは、一個小隊程度ですよ」


 中空を眺めながら、何かに耳を傾けていたシェルヴェンが言った。


「風の精霊の報告です。今なら、突破できます」


 流石は精霊の民(ルーメン)と言うべきか。

 シェルヴェンは精霊を行使できるようであった。

 普段なら薄気味悪く思うかもしれなかったが、いまは心強い。


「行こう。愚図愚図はしていられない」


 イーヴァルの決断で、一行は騎乗した。

 従者のマクニールやヒルダも、騎乗の訓練は受けている。

 従士のマクニールは当然のことだが、侍女のヒルダも受けているのはお転婆のアシュリンの影響であろうか。


「あそこか」


 先頭を駆けながら、エースティンが南門の兵を視界に収める。


「先制するから、混乱したところを突破しろ。決して足を止めるなよ!」


 門まで、まだ五十ヤード(約四十五メートル)はある。

 この距離から、バドティビラ人は先制できるのだろうか。

 アシュリンが首を傾げたとき、エースティンの頭上に大きな魔法陣が浮かび上がった。


燃えろ(ドイー)!」


 魔法陣から飛び出した紅蓮の炎が、渦を巻きながら兵士たちに襲い掛かった。

 悲鳴をあげながら、転がり回る兵士。

 炎の直撃を受けなかった者も、狼狽して硬直する。

 そこに、次々とシェルヴェンの矢が突き立った。


「はあっ!」


 炎から逃げてくる兵を、マクニールが斬り伏せる。

 アシュリンは、首を縮めながら、その後ろに続いた。


 何処かで、鐘が鳴らされていた。

 アシュリンの脱出を知らせているのか。

 音の方角を見たシェルヴェンが素早く矢を射ると、悲鳴とともに鐘の音は途絶えた。

 だが、これでタイン城伯は急を知ったはずだ。


「大丈夫だ、アシュリン」


 馬を駈歩(キャンター)に緩めると、イーヴァルが幅を寄せてきた。


「お前は、ぼくが護ってやる。──絶対にな」

「無理はしなくていいのよ、イーヴァル」


 未だに怪我が完治していないイーヴァルの方が、アシュリンにとっては心配であった。

 イーヴァルは正義感は強いが、無鉄砲だ。

 それに、エースティンやシェルヴェンのような超人的な強さを持っているわけではない。

 彼らに引っ張られ、自分も強くなった気がして無茶なことをしないか。

 それがアシュリンにとって最大の心配であった。

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