第七十三話 何やら映るんですが
集団を率いていた一人の兵士が俺の元に近づいてくる。他の奴らよりも少し装備が異なるから隊長だろうか。
『あら? あの男もしかして……』
グラムが念話で意外そうな声を発した。そして走り寄ってくる男の方も、俺の顔を確認すると同じように意外そうな顔になった。
「お前は……」
「え、なに? どこかで会ったことあったっけ?」
レリクスを除き、王国の兵士さんと知り合いはいなかったはずなんだが。
『ほら、厄獣暴走の時。勇者が駆けつけてきた時に兵士とかも一緒にいただろ。その中にいたやつだよ。覚えてねぇか?』
覚えてるわけねぇだろ。あの時は文字どおり生死の境を彷徨ってたんだ。顔見知りを認識するのがせいぜいだったよ。
俺の反応を見て、少なくともこちらに記憶が無いことを承知したのか。隊長の男は改まったように真剣な顔つきになった。
「……傭兵がこんなところで何をしている。組合を介して、傭兵には王都の外に集まっている厄獣の迎撃を要請していたはずだが」
「生憎と俺は低階級でね。その辺に関する義務はまだ適用されないんだわ」
俺は肩を竦めてみせると、隊長格の目尻が小さくつり上がった。からかわれたと思ったのだろうか。
普段ならここでお茶目な皮肉の一つでも重ねたかもしれないが、今は緊急事態。話が拗れるのはよろしく無い。隊長が怒り出す前に、俺は言葉を続けた。
「何をしてたかって質問だが、見りゃわかるだろうよ。傭兵のお仕事だよ」
俺は周囲に散らばる犬頭人の死体を指差した。辺りを見渡した隊長格はやがてハッとしたような顔つきになる。
「ではもしや、先ほどの信号弾は」
「気づいてくれたようで何よりだ。俺一人じゃさすがに手が足りねぇからな。──事情説明は後だ。それよりももっと現実的な話をしよう」
「……わかった。こちらとしても今が異常事態なのは承知している」
兵士というのは頭が堅い印象があったが、この隊長さんは違ったのか。スムーズに話が進みそうだ。
「おたくらはどの程度状況を把握してるんだ?」
「……ここに来るまでの間、小規模な厄獣の群れとそれを召喚していた魔法陣を幾つか確認した。我々とは別に動いている部隊からも似たような報告が上がっている。それと──」
隊長は深刻な顔になってから意を決したように口にした。
「──真偽は定かでは無いが『魔族』らしき存在を確認したという報告も」
「じゃ最低限のことは兵隊たちも理解しているわけだ。説明の手間が省けたわ」
二人ほど魔族を殺したことを伝えると、いよいよ隊長の顔が強張ってしまった。彼自身は遭遇していなかったのか、魔族に関しては半信半疑だったようだ。
隊長の驚きはともかくとして。
『思ってたよりも軍側の対応が早いな。もしかしたら、内部の異常もある程度は想定済みだったのかもな』
手間が掛からなければあちらの事情なんてどうだっていいさ。被害が少なければ文句は無い。
「魔法陣は何個くらい壊した?」
俺の問いかけに、隊長がハッと我に帰る。
「わ、私たちがここに来るまでに四つだ。他の部隊からも幾つかは破壊したと」
「とすると、俺が壊した分を合わせて十個か」
言外に俺が一人で六つ壊したことに、隊長がギョッとなった。半分くらいは魔法陣が完成する前に破壊したので、厄獣と戦う手間がなかったのだ。そう驚くような数字でも無いだろうに。
(グラム。王都全域をカバーするとなると、どのくらいの魔法陣が必要になってくる?)
『二十もありゃ足りるだろう。でもって、相棒と隊長さん部隊を合わせて十個。他で別に動いている部隊も壊してるってなると、半数以上は稼げたな』
とりあえず、これ以上必死になって王都の中を駆けずり回る必要は無くなりそうだ。油断はできないだろうが、後は手分けして残った魔法陣を破壊すればいい。なんなら、兵士たちと一緒に動いてもいい。この際、好みだなんだと言っているのも馬鹿らしいからな。
なんてことを考えていると──。
「ユキナ様ぁぁぁぁぁっっっ!!」
「ん?」
聞き覚えのある声にそちらを振り向いてみれば、ミカゲがこちらに向かってくるではないか。
「……いやいや、何でお前まで来ちゃってんの」
外で厄獣の迎撃に当たっているはずの彼女が何で王都の中に。というか、よく見ると少し遅れて別の傭兵も何人かついてきている。
「お待たせしましたユキナ様!」
「お待ちしてねぇよ。つか、何で来ちゃうかね」
意気揚々と駆け寄ってきたミカゲに対して、俺は冷静にツッコミを入れてしまう。
「あの信号弾を発する魔法具は私が手配したものです。私が聞き逃すはずが無いでしょう」
ミカゲは自慢げに己の狐耳をピクピクと動かした。
「……外の守りはどうしたんだよ」
ミカゲは迎撃作戦においての、傭兵組の主力だろうに。抜け出して大丈夫なのか?
「ご安心を! 勇者の一行がようやく到着してきたので、そちらに押し付けてきました!」
いや聞いておいてあれだけど、それは多分言っちゃダメなやつだろ。ちらりと横目で隊長の顔を確認すると、面白いくらいに強張っていた。怖いので言及はできない。
「……後ろの奴らは?」
「知りません。勝手についてきました」
「………………」
ミカゲの背後にいた傭兵に目を向けるも、彼らはこちらなど気にとめずキョロキョロと周囲を見渡していた。
『ミカゲが動いたから『大物』が出たって勘違いして、そのおこぼれを頂こうとしたんだろうよ』
…………まぁ、人手が増えたと前向きに考えよう。
グラムは、王都に設置された魔法陣はおおよそ二十と推定。現段階で半分以上は壊しただろうが、実際の数は不明なのだ。手が多い事に越した事は無い。ミカゲが動けば、他の傭兵も動くだろうしな。
「はぁ……はぁ……やっと追いついた」
と、ここで。傭兵たちのさらに背後から少し息切れしながらキュネイが姿を現した。
「お前まで来ちゃったの!?」
「野戦病院地のそばをミカゲが急いで走ってくんだもん。その直前に王都の中から信号弾が打ち上がって、すぐにユキナくんの事だってわかったわ。だったら恋人として駆けつけるのは当然じゃなくて?」
いや、その気持ちは嬉しいけど。
「野戦病院とかはいいのか?」
「状況を見るに、私がいなくても問題無い程度には医者が揃ってたわ。それに、念のために私が調合した薬を置いてきたから大丈夫」
少しばかり人数過多のような気もするが、緊急時の回復要員が来てくれたと思えば健全か。なんにせよ、恋人が二人もいてくれる事で精神的には凄く癒される。
さて、ここでずっと立ち話をしている暇はなかった。最悪とまでは行かずともよろしく無い状況なのにはかわり無い。
「それでユキナ様。何が起こっているのですか?」
「道すがらに説明する。おい隊長さん!」
非難めいた視線をミカゲに向けている隊長さんに、俺は気持ちを切り替えるように強く言った。
「俺はミカゲたちと一緒に引き続き魔法陣をぶっ壊してくから、あんたらはあんたらで──」
国軍と傭兵。その二手に分かれて動こうとしたその時だった。
「……何かしら、あれ」
キュネイがふと、ある方向を見ながら呟いた。彼女の視点を追ってみると、王都の中央部。王城がある方向だ。
平時なら威風堂々といった具合な雰囲気なのだが、今の状況だと不気味さが目立つ。
だがそれよりも目立つものがあった。
王城の最上部付近に、巨大な絵画の『額縁』のようなものが浮かんでいた。今日も四六時中王城を見ていたわけではなかったが、少なくとも先ほどまではなかった筈だ。
額縁の中は半透明で何も描かれてはいなかった。
『あれは投影の魔法だな。ある場所での光景を別の場所で映し出すためのもんだ』
(冷静な解説をどうも。それがどうしてあんな場所に?)
グラムに問いかけるがそれよりも早くに枠の中に変化が訪れた。半透明だった部分が歪み徐々に別のものへと変化していく。やがて映し出されたのは。
「──────────え?」
それが王城の中にある玉座の間であり。
中には巨大な厄獣がいたり。
ついでに笑みを浮かべた魔族と緊張した様子の王様がいたりもしたが、そんな情報は俺の頭の中から完全に弾かれていた。
俺が目を見開いて集中するのはただの一点。
紅の髪をした一人の美しい女性。
「────お嬢さん?」
無意識に、俺は胸元に下げている指輪を強く握りしめていた。
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