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第七十二話 人手が欲しいのですが


 ──少年は後悔していた。


 母親からは家から出ないようにと言いつけられていた。


 王都の外に厄獣が発生したという話は彼も聞いていた。ただ、王都の安全な壁の中で生活してきた彼にとって、厄獣という存在は恐怖を抱くと同時に憧れにも近い感情もあった。


 幼心ゆえの怖いもの見たさ。恐怖心を上塗りする好奇心。そして、そんな状況であるからこそ、親の言葉に反してしまう。悪いことを『カッコイイ』と感じてしまう年頃だ。


 だからこそ、少年は母親の目を盗みこっそりと家を抜け出してしまったのだ。


 普段とは違い、人気ひとけのない街並みを歩くのはたまらなく冒険心をくすぐる。


「はっ……はっ……はっ」


 ──だが、数分前まで感じていたはずの胸躍るワクワク感は、今は消え失せていた。


 息を切らせながら走る彼を追うのは、生まれて初めて目にした『厄獣』。実物は見たことないが、犬頭人コボルトと呼ばれる個体であるのは大体想像できた。


 王都の中は安全──そう思って歩いていた矢先、近所の広場に来たところで、大量の厄獣が現れる瞬間を目撃してしまった。 


 すぐさま逃げれば良かったものを、少年はすぐには動くことができず、逆に足が竦んで立ち尽くしてしまった。


 そんな彼を目敏く見つけた厄獣が、叫び声をあげて襲いかかってきた。


 厄獣の叫びを聞きようやく足が動き出したものの、子供の足で逃げ切れる距離など知れている。そう時間も経たずに追いつかれてしまった。


「あっ」


 足が縺れて転んでしまう。痛みに目尻から涙がこぼれ落ちるが、それよりも現実を思い出す。慌てて振り向けば、犬頭人コボルトが犬歯を剥き出しに、爪を振りかざして飛び掛かってくる寸前だった。


 ──もう駄目だ!


 咄嗟に少年は目を瞑ってしまう。 


 頭の中に去来したのは、母親の言いつけを守らなかったことへの後悔と、そんな母親にもう一度会いたいという気持ち。


 ──けれども、いつまでたっても何も起こらなかった。


 恐る恐ると目を開けてみれば、一人の男が立っていた。


 傭兵らしい出で立ちをしているのは、王都で似たような格好をした者を見たことがあるのでわかった。


 目を引くのは、手にした『槍』。


 昔から男の武器といえば『剣』だ。誰もが勇者という存在に憧れ、一度はおもちゃの剣を振るいたがる。少年もその一人だった。


 けれどもこの瞬間、少年の目には男が手にしていた漆黒の槍が何よりも『カッコよく』映り込んでいた。


 そしてその槍を携えた男の背中が堪らなく格好良かった。




 危なかった。


 あとちょい遅れていたら子供が一人、犬頭人コボルトのオヤツになっていたところだ。寸前のところで割り込むことができたのは本当に良かった。


 間に合ったことへ胸を撫で下ろし、俺は少年に振り向いた。


 ──なんか、妙にキラキラした目でこっちを見てるんですが。


 一瞬だけ気勢が削がれてしまったが俺は気を取り直し、槍を手元でくるりと持ち変えると、石突で少年の頭を小突いてやった。


「あだっ!」


 キラキラとしていた目が、今度は痛みで涙目になる。そんな少年の襟首を掴むと一気に持ち上げた。


「何やってんだクソガキ! あぶねぇだろ!」


 俺の怒鳴り声に、少年が驚き目をパチクリとさせる。まだ状況が頭の中で整理できていないのか。口で言っても無駄か。


 だったら、と俺は少年を地面に立たせるとその顔を強引にある方向へと向かせた。


 少年の目線の先には俺が叩き切った犬頭人コボルトの死体があった。胴体を割かれて、大きく開いた傷口からは臓器と血がこぼれ落ちていた。


 言って駄目なら、目で現実を受けれ入れてもらう。


 俺の思惑通り、半ば呆然としていた少年の顔色がさっと青くなった。生々しい生物の死体は子供には刺激が強すぎるだろうが、状況が状況だ。無理矢理にでも状況を理解してもらうにはこの方が手っ取り早い。


「俺が間に合わなかったら、ああなってたのはお前だ。分かったか?」


 こちらの声が届いたかは分からなかったが、それでも最低限のことは伝えられただろう。ヒックヒックと、少年がしゃくりを上げた。


 俺は再び少年の首根っこを掴むと、付近の家の扉を叩く。


「開けてくれ! 開けてくれなかったら蹴破るぞ!!」


 気持ち強目に叩くと、扉から心なしかミシミシという音が聞こえてきた。その効果があったかは不明だが、少しして奥から物音が聞こえてきた。一旦離れると、扉が恐る恐るといった風に開かれる。


 扉の隙間から僅かに覗く住人の目の前に、涙や鼻水で顔がぐっちゃぐちゃになっている少年を突き出す。


「騒動が収まるまで預かっててくれ。騒動が終わったら親御さんのところに返してくれると助かる」


 そう言いながら俺は強引に扉を開き、少年を家の中に放り込んだ。住人も少年も大きく戸惑いを隠せないようだが、俺はさっさと扉を閉めてその場を離れた。


「まさに間一髪だったな──助けた後アフターケアに関してはちょいとばかり物申したいけどな」

「時間がないんだから仕方がねぇだろ。それより魔法陣の場所を教えろ。早く潰さないと面倒だ」

「了解だ相棒」


 ──それから間も無く、俺は絶え間無く犬頭人コボルトを召喚していた魔法陣を破壊した。


「これで六つ目か。どんだけあるんだよ」

「そればかりは相手さんに聞いてくれ」


 聞く前に槍をち込んでるので無理です。


「いや、聞く努力くらいはしようぜ!」


「他に人手があるならともかく、俺一人だったら、話を聞いてる時間も惜しいんだよ」


 こうしてグラムと会話をしている間だって、着々と召喚の魔法陣は起動し始めている。今破壊した陣のように、すでに厄獣を召喚し始めているものもある。


「それに、五つ目まえのから魔族の姿も無くなってる。仕込みはいよいよ大詰めって感じだ」

「どうすんだよ相棒」

「俺が聞きてぇよ。もともと頭脳労働が得意ってわけじゃねぇんだから」


 俺の体力だって無限にあるわけじゃ無い。ずっと王都の中を走り回っていればいずれは限界がくる。かといって休んでいる暇も無いわけで。

「兎にも角にも人手が足りねぇな」


 愚痴を零したちょうどその時だ。


『相棒に朗報だ。武装した集団がこっちに近づいてきてるぜ』


 念話チャンネルに切り替えたグラムが言った。確かに複数人の足音が俺にも聞こえてくる。


 程なくして、統一された鎧や武具を携えた集団が現れた。どうやら、お国の兵隊さんたちが登場したようだ。


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