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第七十一話 走り回るようですが


 もしその魔法陣が『厄獣』を召喚するためのものであれば一刻の猶予もなかった。だから俺は迷わずに槍の穂先で『ローブ姿』の頭を狙う。


 ローブ姿は反撃を仕掛けようとしていたのか、俺に向けて手を伸ばしていた。だがそいつが何かを放つ前に頭を二つに割ってやった。


「相変わらず容赦ねぇな! 事情を聴きだすって選択肢はなかったのかよ!!」

「そんな器用なこと出来るわきゃねぇだろ」


 素人が余計なことをして事態の悪化を招く──なんてのは冗談ではない。


 これがもし単なる一般人でたまたま・・・・怪しい外套をかぶっていただけの善良な魔法使いだったら、と考えないでもなかったが、その時はその時だ。


「……最悪の場合、殺人罪で指名手配されるかもな」


 地面に倒れた拍子に、ローブがズレたのかそいつの頭が露わになる。


 脳天から鼻の辺りまでが割れており人相の把握は難しかったが、少なくとも俺の知る『人間』のものではなかった。


 灰色の肌に鋭く発達した牙。頭部から生える角。


 何より未だに流れる血の色。地面に広がり続けているその色は『青色』を宿していた。


「相棒の大穴が的中しちまったな。こいつぁ『魔族』だぜ」


 ──魔族。はるか昔より、魔王の手先となって暗躍する者たち。その多くは過去の勇者によって討たれたはずだ。


「けど、現にこうしてこの場でくたばってるわけで」

「くたばらせたの相棒だけどな」


 それはともかく。


「相棒、ちょっとそいつの首元あたりを探ってくれや」

「マジか」

「マジマジ」


 頭が悲惨になっている魔族の首元あたりを、血の気を引く思いをしながら探る。


 何やら首飾りを掛けているようだ。


 見たことのない紋章に重なるように『半ばで折れた剣』の装飾が施されている。趣味がいいとは言えないな。


「安心しな相棒。こいつは邪教のシンボルだ」


 グラムが訳知り風に言った。


「この国で剣は『勇者』の象徴。そいつが半ばで折れてるこの紋章は、勇者に反する邪教の証。少なくとも、堅気の連中じゃねぇさ」

「……つまり、こいつは通りすがりの善良な魔族さんじゃなかったわけだ」


 とりあえず、殺人罪で連行される可能性はなくなった。


「この厄獣騒動の裏には魔族がいるのは察してた。だが、外の召喚陣に関してはともかく、まさか王都の『中』にこうも堂々と侵入されてたとはな、俺も予想してなかったわ」


 グラムは過去に数多の英雄の手に渡ったと言った。そんな歴戦の勇士(?)であるこいつが気が付かなかったのだ。他のやつだって同じだろう。


 魔族を倒しはしたが、足元の魔法陣は消えない。


「もう少しで完成間際って感じだな。このまま放っておいても問題はねぇが、軽く手を加えるだけで厄獣がわんさか出てくる」

「壊すにはどうすりゃいい?」


 地面に描かれた魔法陣はかなりでかい。全部を削り取るとなるとかなり面倒なことになる。


「魔法陣ってのには必ず基点ねっこがある。そいつをぶっ壊せば、一から新しく書き直すしか無くなる。場所は俺が指定するからそこをブチ抜け」


 俺はグラムの言葉に従い、魔法陣のとある一点に槍を突き立てた。すると甲高い破砕音が響き、妖しく光っていた魔法陣が色を失った。


「畜生、俺の無駄足であって欲しかったぜ本当に」


 魔族の存在に気がついていたわけではない。ただ漠然と『戦力の少ない王都の中で何かあったらやばいよな』程度の考えしかなかったのだが、冗談抜きでやばい状況だった。本当に、取り越し苦労で終わればそれでよかったってのに。


「…………」

「なんだよグラム」

「いや、無駄足って予想してても、ちゃんとそいつを踏める相棒に敬意を感じてる」

「なんだそりゃ?」


 怪訝な顔になっているだろう俺に、グラムがいつになく真面目な口調だ。


「人間ってのは無駄な行動を嫌うもんだ。だからこそ、無駄な行動を行う奴も嫌われる。けど相棒は、必要なことであれば無駄足も辞さない。だから凄いと思ってな」


 どうやら褒められているようだが、いまいちピンとこないな。それよりもまずすべきことがある。


「じゃ、次行くぞ」

「次? あぁ、召喚の魔法陣がここだけにあるとは限らねぇか!」

「だから、とにかく走りまわって虱潰しにぶっ壊してくしかねぇだろ」


 悪い予感というのは連続して当たるものだ。これだけ大きな街に、召喚の魔法陣が一つとは思えなかった。


「おっと、その前に」


 俺は携帯カバンの中から、こんな時のために用意していた『魔法具』を取り出した。


「相棒、そいつぁ昇級試験の時の」

「おう。割ると超でかい音と信号がでる玉だ」


 試験の後、ミカゲに頼んで一つ融通してもらったのだ。備えあれば憂いなし、というやつだ。


「まさか本当に役立つ日が来るとは思ってなかったけどな」

「……俺ぁ相棒の抜け目のなさにマジで脱帽だよ」


 帽子を被る頭ねぇだろ、とツッコミを入れるよりも前に、俺は魔法具たまを地面に叩きつけすぐさま耳を塞ぐ。


 次の瞬間、静かな王都に響き渡るほどの大音量と色のついた狼煙が空へと打ち上げられた。耳を塞いだのに、頭の中にキンキン音が残る。とはいえ、二度目なので以前の時よりは大分マシだ。


「相変わらずどでかい音だこと」

「けどこれで、王城に残ってる奴らくらいなら気づくだろ」

「そうなってくれなきゃ困るっての」


 広い王都を一人でカバーするなんて無理な話だ。王城だって駐在している戦力があるだろうし、そいつらの手を借りるるためにも、この異変に気がついてもらう必要がある。


「じゃ、改めて行くか」


 俺は駆け出した。


 まずは広い場所を優先的に潰していく。大量の厄獣を呼び出すとなれば、開けた空間の方が適しているだろう。


 王都に来てから培った土地勘を頼りに、心当たりのある場所に向かった。


 すると案の定。何度目かの心当たりにたどり着けば、地面に描かれた魔法陣とローブを被った人影──おそらくは魔族──がいた。


 どうやら一歩遅かったようで、魔法陣は完成していたようだ。先ほどに破壊した魔法陣それよりも強い光を放っており、地面から厄獣らしき物体の頭部がせり上がってきている。


「さぁ、来たれ災厄! その暴虐を持ってこの地に絶望を振りまくのだ!」


 完全にキマっちゃってる系な感じに、両手を空高く掲げて愉悦に至ってる魔族。とりあえず、そのまま放っておくのもまずいので、グラムを投げ付けて腹に穴を開けてやった。


「────ぐはっ」


 両手を上げた格好のまま倒れる魔族。そいつを尻目に確認しながら、俺は魔法陣の場所まで走り、そのまませり上がってくる厄獣にまで駆け寄る。


 召喚されたのは人型の厄獣トロールのようで、俺の姿を確認するなり牙を剥き出しにして殺気を露わにしてくる。が、まだ胸元あたりまでしか出てきてないので動けない。


 でもって俺は、全身が現れるまで待ってやれるほどお人好しでもなかった。ちょうど俺の胸あたりの高さまでせり上がってきていたトロールの首元に、伐採の要領で大鉈を叩き込んだ。分厚い筋肉に阻まれ完全な切断には至らなかったが、半ば以上までは刃が食い込み、血を撒き散らしながらトロールは絶命した。


 離れた場所に転がっている黒槍グラムを再び手元に呼び戻し、次の厄獣が現れる前に魔法陣の基点を破壊した。


「見たところ、外の大量生産系じゃなくて通常の召喚魔法だな。さすがに、王都の中に侵入はできても、大掛かりな仕込みをするのには無理があったみたいだ」

「だとしても、こんな街中で厄獣が暴れてみろ。被害が半端じゃねぇぞ」


 王都なんぞ、どこもかしこも建物の密集地だ。商店街とかならまだしも、住居が立ち並ぶ区画の真ん中で厄獣が現れでもしたら──。


「本当に、面倒クセェ!!」


 俺は短くも最大限の愚痴を込めた言葉を吐き出し、再度駆け出した。


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